カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

サンショウウオの一生

イシヅチサンショウウオの一生

1) イシヅチサンショウウオは徳島にいるサンショウウオの中では分布も広く,生息数は少ないが,他の種類よりは多い。成体の身体の大きさは,約200mm,体色は阿波の藍色に似たルリ色で,うっすらと黒色に輝いている。生息している所は四国山地剣山山系の標高1500m前後の落葉広葉樹が繁る渓谷とその周辺である。産卵や孵化,幼生の様子や変態時期,成体の様子等について概略を述べ,一生を見ていきたい。

図1 イシヅチサンショウウオの成体。両生類で噛みついたりしないおとなしい動物。

図2 5月中旬,渓谷内で活動しているイシヅチサンショウウオ。

2) 剣山(標高1955m)の 頂上近くの洞窟には,まだ,雪の塊が残っている5月初旬,山腹の原生林はツガやモミ,ゴヨウマツの濃い緑色が目を引く外は,枯れ木の様な灰色の枝が一面で,山は閑散としている。遠くまで見渡せる山肌に,ピンク色の花が目を引 く,ツルギミツバツツジなどである。渓谷は雪解け水で水量が増え,岩塊を流れ落ちる水の音がかすかに響く。午後の気温は8度,水温7度で,寒さを感じる。

図3 早春の剣山中腹。前方に見えるのは丸笹山(1712m)。

3) 4月下旬,イシヅチサンショウウオは渓谷に集まり始める。山肌の倒木や巨岩の下で冬眠していた成体は,春の空気に目覚め,流の音を頼って渓谷へと降りてくる。渓流を上下しているうちに雌雄が出会い,5月になるとカップルで産卵場所を探す。卵が無事に孵化する場所を見つけ出すのはサンショウウオの優れた習性の様で,常に清水に洗われ動物には気づかれない,驚く程,安全な場所に「卵のう」を産み着ける。

産卵の時刻や様子について,こんな想い出がある。5月上旬,朝の8時過ぎ,流の中に橋を架けたように横たわる岩塊の下側で,大きな4匹の成体が空中戦のように戯れ合っているのを発見した。冷たい流の中に顔を浸け,初めて見る不思議な行動を代わる代わる見た事が忘れられない。産卵が終わったばかりだったのに違いない,1匹の腹には「卵のう」の長い端が残っており流に靡いていた。この事もあり,イシヅチサンショウウオの産卵時刻は,夜が明けるまでに終了するのでないかと思っている。

図4 サンショウウオが生息している渓谷。

図5 早朝,産卵直後の卵。岩塊を持ち上げた所。

4) サンショウウオは一度に2本の「卵のう」を産む。1本の「卵のう」内には15個位の直径5mmの球形の卵が卵膜に包まれて「卵のう」内に詰まっている。1匹が産む卵の数は約30個。卵が孵化するまでには50日前後かかる。その間,流に靡く「卵のう」の周囲で,卵が無事に孵化する様にと,2匹の親が交代で昼夜護っている。子供を思う親の気持ちはサンショウウオも同じであるの知り,無事の孵化を願ったものである。

梅雨末期の7月中旬に幼生が誕生する。2~3日の間に30匹全てが孵化し,「卵のう膜」の端が溶けて5mm位の穴が開き,次々と増水した渓谷に泳ぎ出る。幼生の誕生である。イシヅチサンショウウオは産卵してから50~60日すると孵化し,一生が始まる。

図6 一度に2本の「卵のう」を産む。1本の「卵のう」内には15個位の卵が。

図7 孵化したばかりの幼生。血液の流れが判る大きなエラ。前後肢は無く,
前後肢が完成するまで砂礫層に潜っている

5) 7月中旬に孵化した時の幼生の全長は約30mm,前後肢は,まだ出来ていない。大きなエラとヒレを持ち,水溜まりの砂礫層の中に潜り込み,お腹の腹卵黄を栄養にスクスクと生長,8月には前肢が完成,9月になると後肢も完成し一人前の幼生となる。変態 するまでの約1年間,渓流生活が続く。紅葉の10月には全長53mm位になり身体も動きも充実してくる。

図8 孵化直後の幼生。エラ,ヒレ,大きな腹卵黄が目を引く。
前後肢はまだ出来ていない。

6) 幼生が活発に活動している頃,台風や豪雨に見舞われ,渓谷は洪水となる事がある。その時,激流に流され命を無くす幼生も多いのでないだろうか。

洪水等の自然の変化を避けるためか,産卵場所は渓谷の上流部が多い。大自然の中を生き続けてきたサンショウウオには,生きるための逞しい能力を持っているように思う事が多くある。台風が通過した半日後,渓谷には濁流が渦巻いていた。今年は,もうサンショウウオは駄目かと,がっかりしていた時,流が比較的に少ない岸際の岩塊の下に数匹の幼生を発見して驚いた事がある。渓流が生活の場である幼生には,水溜まりの流の外側,岸縁に集まる習性がある様で,山際の石の下で難を逃れていたのである。

また,標高1300m位の下流,産卵場所からでは1kmも下流に流されている幼生を見た事もあるが,幼生が垂直な岩肌を昇り上流の水溜まりへと遡っている姿を時々見て来たが,幼生には遡上能力があり,産まれた場所へ近づこうと,上流を目指して頑張っていたのに違いない。

1度の産卵で30匹もの子供を産む割には,成体の姿は極めて少ない。サンショウウオは寒さに強いし,子供を護ったり我が身を護る本能,習性があるが,一番気になるのは,天候異変による洪水,山崩れ等の自然環境の変化である。自然災害で命を落と事が一番多いのではないだろうか。

7) 夏に孵化し冬,春,夏の1年間,渓谷の水溜まり砂礫層や落ち葉の底で頑張ってきた幼生は全長約65mmに生長している。広葉樹の緑が渓谷を囲む7月,水温15度以上になってくると変態が始まる。渓谷で生息していた幼生は,身体の充実や気温・水温が上昇してくると,変態し成体になる。エラやヒレが消え,前後肢が丈夫になり指が伸び,目が突出し,体色が黒くなり,エラ呼吸が肺呼吸に変わり,陸上での生活に変わるのである。成体への仲間入りである。身体は小さいが動きが敏捷になり,流の中や山肌で餌を摂り,新しい生活が始まる。渓谷には,また新しい幼生が産まれてくる。

図9 幼生は孵化して1年すると変態し,成体へ仲間入り。エラが充血した変態前と変態したばかりの姿。

図10 産卵期と変態して間のないイシヅチサンショウウオ。
約200mmの親成体になるまでには,孵化して8年はかかるだろう。

8) 変態時の全長は約65mm,その後は1年間に約12mm伸長し,3~4年すると全長が100mm位になり,顔つきも身体の格好も体色も成体らしくなってくる。そして,産まれて8年位すると親と同じ身体格好になり,春から夏の間は渓谷で過ごす様になる。この頃が青年期であろう。

イシヅチサンショウウオは,何年間位命があるのだろうか。多くの成体は春から夏の間は渓谷に入り流水の中で生息し,秋から冬になると山肌に上がり,陸で生活する。一生の間に何回産卵するのだろうがは謎である。空気も水も格別に清浄で,温度も低く,小動物も案外多く生息,深山原生林の大自然に生きるサンショウウオは30~50年は元気であるのではなかろうか。天敵はヘビ,タカ,イノシシだが,標高が高く数は少ない。厳しい環境を利用し,夜行性で仲間も少なく,何の危害も加える事なく,種族を護り生きているサンショウウオは不思議な動物である。県は準絶滅危惧種に指定,保護を呼びかけている。

9) サンショウウオは極めて辛抱強く,生命力も強い。少数で行動し,極めて隠蔽性の強い動物である。厳しい自然の中で大古から種族を護って生き続けているサンショウウオの生態からは,いろんな事を考えさせられる。野性動物の子供や身を護る素晴らしい本能や習性をはじめ,動物保護や自然保護の大切さ等,学ぶ事が多い。

図11 サンショウウオが生息する剣山(1955m)と次郎笈(1930m)。落葉広葉樹原生林の中の渓谷で生息。(左が剣山,右が次郎笈の山頂)。

図12 サンショウウオが生息する落葉広葉樹原生林。

次回に続く。

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