カスミサンショウウオの飼育
はじめに
カスミサンショウウオは、平地止水性のサンショウウオで、徳島県内における分布状態は、個体数は少ないが、県南、県央、県北、県西の一部と、かなり広い範囲に点々と分布している。
本稿では、市場町内に生息しているカスミサンショウウオの生態観察の結果と生息の自然環境について述べてみたい。
阿波市市場町内での、カスミサンショウウオの生息場所は、全て、讃岐山脈の南麓、山裾と平坦部との接点周辺である。
その場所は、西から大俣字原渕の法寺谷下池(標高120m、40a)、上喜来字円定の「かくれ谷」(標高100m)、尾開字日吉の金清1号池(標高120m、266a)、切幡字観音、通称切幡山南端のブドウ園(妹尾照市氏所有)(標高70m)の4カ所である。
この中の金清1号池は、早くから市場町教育委員会が「カスミサンショウウオ生息地」と看板を建て、保護を呼びかけてきた。しかし、最近は金清池周辺でサンショウウオの姿を見た人もいなくなり、現在、看板は撤去されている。
カスミサンショウウオは、町民には殆ど知られていないし実物を見た人も極めて少ない。多分、個体数が少ないことと、限られた環境の狭い範囲に生息しており、しかも、夜行性動物である等の理由から人目につきにくいのであろう。
切幡字観音でカスミサンショウウオが生息していることが明らかになったのは、平成元年12月である。
当時、八幡小学校6年生であった妹尾康弘氏が、切幡山の南端の雑草地で冬眠しているカスミサンショウウオを見つけた。
このことは、切幡字観音にカスミサンショウウオがいるということが判っただけでなく、自然での冬眠の確認は珍しく、新聞テレビに取り上げられ、地域や学校の話題となった。
このことがきっかけで、妹尾君はサンショウウオに興味を持つようになり、もっと多くの数のサンショウウオが近くにいるに違いないと、冬眠場所の周辺を探し、自分の家のブドウ園内の排水溝(山側から吹き出る湧き水の流入を防ぐために掘った溝)にカスミサンショウウオがいるのを見つけたのである。
それ以来、観察を続け、産卵・孵化・幼生、変態、飼育等々について記録してきた。
カスミサンショウウオについて、継続して観察している取り組みは、他に例が少なく、いろいろ貴重な事実を明らかにした。
本報告は、主に、妹尾康弘氏の平成元年、平成2年、3年と3年間の観察記録とその後の観察してきた話等を中心にして、カスミサンショウウオの生態観察の結果について述べたものである。
1 冬眠の様子
平成元年の冬休み切幡山の南端の雑草地で松食い虫で枯れた直径30cm位のアカマツの倒木の中に潜り込んでいる、2匹のカスミサンショウウオを見つけた。
図1 冬眠を見付けた雑草地。
図2 松食い虫で枯れた赤松倒木の腐食した幹の中で冬眠していた。
図3 冬眠していたカスミサンショウウオの雌雄。
冬眠を見つけた妹尾君の家は、すぐ裏が山地で、小さな山道を20m位登ると西側に狭いやや平らな土地がある。
土は腐植土で軟らかく、よくミミズ掘りにきていた場所である。冬眠を見つけたのは、この雑草地である(図1)。
冬眠を見つけた日は、一面に雪が積もっていた。何気なくアカマツの倒木を足で蹴ると地面に接していた側の木部の腐食している所に潜り込んでいる2匹のサンショウウオを見つけたのだと云う(図2、図3)。
倒木の下側は地面も湿っており、光は全く当たらないし、太い枯れ木の下であるので、他の動物等に見つかる心配もない。また、冬眠から覚めると、ミミズ等の小動物がいるので、食べ物を探すのにも好都合な所である。
サンショウウオが冬眠している場所は、本能なのか、良い場所を選んでいるのに感心する。
枯れ木の中にいる動物を見つけた時は、それが何という動物か、知らず、翌日、学校へ持って行き、カスミサンショウウオという、「生きた化石」と云われている珍しい希少動物であることを知った。
冬眠していた2匹のカスミサンショウウオの大きさは、写真で測定してみると、9.2cm、7.2cmで、雌雄「つがい」で冬眠していたのだろうか。
冬眠の場所や「つがい」で冬眠していた事は貴重である。冬眠期間は確定出来ないが、カエル、イモリ等から判断すると、冬眠に入るのは11月頃なので、1~2月までの4ケ月間位と推定される。
冬眠から覚め、産卵期になると、必ず、水の流れや水溜まりを求めて移動するに違いない。
冬眠場所近くにある水溜まりは、1つは冬眠場所より100m位離れた平地の県道沿いにある溜め池(5a)であり、もう1つは、冬眠していた場所と山道を挟んで反対側にあるブドウ園内の水溜まりの2個所がある。
冬眠場所から、ブドウ園までは僅か10m位である。この何れかが、カスミサンショウウオが集まる水溜まりであると推測していた。
2 真冬の産卵
サンショウウオが集まっているのが判ったのは、ブドウ園内の水溜まりであった。深さ5cm位の水溜まりの中に2匹のサンショウウオを見つけた。
ブドウ園内は湧き水の流入で、土壌が湿ることを、防ぐため、山手側に当たる西側と北側に幅40cm深さ40cm位の排水溝を掘っている(図4)。
溝の中へは所々から自然の湧き水が出て水溜まりをつくっている。水量は少なく、水深10~5cmと浅く、流れるような水量ではない。
カスミサンショウウオはこの排水溝の水溜まりに出てきて、産卵し、幼生となっている事がわかってきた。
ブドウ園は、冬期は天井や周囲をビニールで覆い温室にしている(図5)。
冬の園内の温度は13~30度の間を変化するが、普段はハウスのビニールを開閉し、昼間は20度以下に調節している。
冬眠していた雑草地から一番近い水溜まりと云えば、このブドウ園内の排水溝であり、水溜まりを時々注意して調べていると、予想が的中した。
平成2年1月17日にブドウ園にビニールを張り、3日後の1月20日に湧き水の所に2匹の成体がいるのを初めて見つけることが出来た。
これが溝の中でカスミサンショウウオを見つけた最初である。
そして3日後の1月23日早朝、この、溝の中に2つの「卵のう」が、木片に産み付けられているのを見つけた。
図4 ハウス内に掘られた排水溝。サンショウウオは、この排水溝内の水溜まりに出てくる。
図5 ビニールを張ったブドウ園。ハウス左側の山手との間の水路にも産卵していた。
12月の冬休みに、ブドウ園の西側の雑草地の倒木の下に冬眠しているカスミサンショウウオを見つけてから1ケ月、真冬の1月23日に早くも産卵が始
まったことは驚きであった。
ビニールハウスという特別な場所で、温度が高いので早いのだと思うが、寒い冬の1月、2月は動植物にとっては休眠時であるはず。それなのに、カスミサンショウウオが、1月中、下旬の寒い時期に、産卵しているのを見た時は、本当かと疑った。
後でわかった事だが、ブドウ園内には所々に稲ワラ、枯れ草を小山に積み重ね、発酵させて有機肥料として使用している。その堆肥の中にはワラジムシ、ミミズ等の小動物がいるが、カスミサンショウウオも、その堆肥の中にいたのである。ブドウ園にビニールを張ったので、ハウス内の堆肥場で冬眠していたサンショウウオが気温が上昇してきたので春が来たと思い、目を覚ましたとしか考えられない。
ところが、更に驚いた事に、毎日ブドウ園で作業をしている家族が、サンショウウオの卵を知って、これと同じものが、ブドウ園にビニールを張る前の1月10日に、排水溝に産んでいたと教えてくれたのである。ビニールを張る前とは、自然の環境であり、暖房に関係なく寒い1月に産卵したことになる。家族が見つけた、自然状態でも1月10日産卵の証言は、大きな驚きであった。
なぜ、こんなに早い時期から活動を始めるのか。ビニールの影響と思っていたのに、真冬の余りに早い産卵には、これがカスミサンショウウオの本当の習性なのかと云う疑問が残る。
ところが、平成21年2月15日にビニールハウスの山手側の自然の溝の水溜まりを調べたところ、3カ所に産卵しているのを見付けることが出来た。卵は、球形とすでに体の基が出来ている段階であった。
卵の発生状態から見て、産卵時期は、1月下旬~2月上旬に違いないと思う。この事実は、自然の状態でも1月下旬頃から産卵が始まる事を証明した事になる。
ただこの場合、完全に自然の状態と断言出来ない点がある。それは、ハウス内で冬眠していたサンショウウオがビニールを張った事で目覚め、ハウスのすぐ外側にある水路を選び産卵したかもしれないからである。少し疑問は残るが、カスミサンショウウオの真冬の1月、2月の、1年で一番寒い時期、雪の中での産卵は、両生類の中でも、一番早いのでないだろうか。
2月15日には、ハウス内の溝では、すでに孵化が始まっていた。
ハウス内では少し早く産卵するが、山手側に出来ている自然の溝でも産卵時期、発生段階が、あまり変わらないのは大きな驚きである。
徳島の自然「動物」(徳島市民双書・木村晴夫編)にも、繁殖期は1月下旬から2月上旬であるが、気象条件により、12月下旬から産卵したり、3月下旬に産卵したこともあると書かれている。
一般に両生類で早い時期からの産卵で知られているニホンヒキガエルでも、早春の3月で、他のカエル類は4月、5月の田植え頃が最盛期である。高い山の渓谷に出てくる、イシヅチサンショウウオ、シコクハコネサンショウウオ、コガタブチサンショウウオも平地の春に当たる4月、5月、6月である。寒い冬は冬眠し、春が来るのを待って活動を始める両生類の中で、カスミサンショウウオは真冬の1月中、下旬から産卵を始める、変わった動物だと云えよう。
表1 ビニールを張った日と、排水溝内で「卵のう」と孵化を見付けた期日
平成2年、平成3年にブドウ園の溝の水溜まりに産卵していた「卵のう」数と産卵日、幼生が泳ぎ出てきた日は、表1 のようである。このことから、ハウス内のカスミサンショウウオの産卵と幼生誕生について、次のことが言える。
- イ カスミサンショウウオは1月中、下旬から産卵を始める。
- ロ 1月に産卵する個体は少なく、2月中旬から産卵する個体は多くなる。
- ハ 産卵期間は1月中、下旬から2月下旬の間の約1ケ月間である。
- ニ 1個体が1回に産卵する「卵のう」は2個である。
- ホ 2月になると「卵のう」から幼生が泳ぎ出てくる。早いのでは4日、下旬になると数百匹の幼生が泳ぎでてくる。一番多くの幼生が泳ぎ出てく るのは3月である。
- ヘ 産卵が始まる日は、ブドウ園にビニールを張る日の早い遅いに、関係がある。
- ト ブドウ園周辺に生息するカスミサンショウウオの成体数は30匹位かと 推定される。
3 「卵のう」
「卵のう」は水溜まりの湧き水の所の木片や草に一端を付着させて産み付ける。形は細いソーセージを渦巻きに一回半巻いた形で、直径5cm位である。
産卵直後の「卵のう」は透明で「卵のう」の中に卵膜に包まれた卵が詰まっているのがよくわかる。「卵のう」の中には小さい卵が40~50個詰まっている。卵の大きさは、卵黄が小さく、粟粒のように小さい。
産卵して日数の経った「卵のう」を掌に取って見ると小さい卵膜の中にサンショウウオの体の形ができ、エラもできているのが判る。
水路の「卵のう」は日が経つにつれ表面に藍藻、緑藻等が付着し、上部から見ても気づきにくい。
図6 ハウス内の排水溝に産卵している「卵のう」。8個が確認できる。4匹の親が、ほぼ同じ頃に産卵したのであろう。少し、日が経っている。
図7 「卵のう」の端をススキの茎に付着。産卵してあまり日時か経っていない。
産卵は湧き水が流れ込んでいる所を選んでおり、1匹が産卵した同じ場所へ、他の個体も重ねて産卵しており、1カ所に、8~10個と沢山の「卵のう」を産んでいる場合もある(図6、7)。
平成2年、溝の中で始めて幼生を見たのは、2月19日である。また、2月23日に、西側の排水溝にコンクリートの蓋をしてある暗渠の水溜まりに、数百匹の幼生が泳いでいるのを見て驚いた。1月17日にビニールを張り6日後の23日に最初の「卵のう」を見つけたことから約28日で孵化したという計算になる。
平成3年には平成2年より約1ケ月早い12月20日にビニールを張ったので、2月4日という早い時期に幼生を見つけた。(図8)
平成22年妹尾康弘の観察によると、産卵してから孵化までの日数は、ハウス内であるが、2月6日産卵~2月27日孵化と2月12日産卵~3月5日孵化で、両方共22日で孵化したと云う結果を得ている。
図8 孵化したばかりの幼生。全長15mm。腹の卵黄は小さい。
「卵のう」から幼生が泳ぎでてくるのは、「卵のう」を木片等に付着している反対側の端から一匹一匹穴を通って水溜まりへ泳ぎ出てくる。「卵のう」の端には、小さい穴が開いている様である。
泳ぎ出た幼生の体長は13~15mmと小さく、前後肢は、まだ出来ておらずヒレもない。カスミサンショウウオは孵化直後の幼生でも腹に持っている卵黄は小さい。
泳ぎ出る「卵のう」のそばには、2匹の親のサンショウウオだろう、幼生が泳ぎ出てくるのを守るように「卵のう」にくっついている。イシヅチサンショウウオの親も同じ様な行動をしており、動物の親子関係についての興味のある行動だ。
ブドウ園のカスミサンショウウオは1月中、下旬から産卵が始まり、孵化は2月になってからであり、3月が幼生誕生の最盛期である。
4 孵化日数と「卵のう」からの出かた
カスミサンショウウオの孵化日数について、より正確に知りたいと思い、22年に、その積もりで観察をした。
孵化日数は、少しは気温、水温に影響されるだろう。ビニールハウス内の谷は、気温は15~20度に設定しているので、
気温は、自然より高く、水温も少しは高いので、自然よりは少し早く孵化するだろう。
22年ブドウ畑にビニールを張ったのは、1月20日であった。そのブドウハウス内の水路で最初にサンショウウオの卵を見つけたのは2月8日で、2個の「卵のう」が浅い水溜まりに、一端をススキの枝に付着させ産卵していた。「卵のう」内の卵は、殆どが球形であり、発生状態から、2月6日頃産卵と思われた。
今まででは最初の産卵は1月中旬、下旬であったので、22年は、1週間から2週間遅かった。
表2 ハウス内排水溝での産卵日と孵化日と孵化に要した日数
図9 ブドウハウス内の水路。
次に「卵のう」を発見したのは2月13日で、4個の「卵のう」を見つけた。それ以後は、「卵のう」は見つからず、22年はハウス内の水路には、僅か6個の「卵のう」で、成体数が減っているのでないかと心配していた。
ところが、それから1ケ月経った3月14日に、数個の「卵のう」を発見した。「卵のう」内の卵は、発生が進み、丸い球の上部に体の基が出来ている状態であった。結局、22年の発見「卵のう」数は12個だけであった。
一方、孵化直後の幼生を見つけたのは2月27日、3月5日、4月6日であった。同じ「卵のう」についての産卵日と孵化幼生発見日、孵化日数は表2のようである。
カスミサンショウウオの孵化日数は、過去の観察では27日位であったが、22年の観察では、表のような結果であった。
本当の産卵日は、「卵のう」発見日より何日か早く、幼生発見も孵化直後から少し遅れて発見したかも知れない。ハウスでのカスミサンショウウオの孵化日数は24日前後であると考えている。
もう1つ確認できたことは、孵化した幼生が谷に泳ぎ出るのは、「卵のう」膜の中から、どのようにして谷へ泳ぎ出るかの疑問について、「卵のう」の端から泳ぎ出る事がはっきりと確認できた事である。
22年も「卵のう」からの出方について、注意をして観察した。その結果、「卵のう」の端は段々と細くなり、最後は糸状になって終っているが、そこから谷へ泳ぎ出る事が確認できた。泳ぎ出る頃になると、端が解け、幼生が通れる穴が開いてくる。孵化した幼生はそこから泳ぎ出ることを再度確認した。
「卵のう」の周囲の膜に穴を開け、その穴から泳ぎ出るのでなかろうかとも思ったが、そうではなく、先端から泳ぎ出てくる事が明らかになった(図10、11)。
「卵のう」はセロハン様であり屈曲自在で柔らかいが、なかなか強靱である。その「卵のう」も、幼生が泳ぎ出てしまい、役目を果たすと、渦巻は切断された様に小さくバラバラになり、最後は、分解して消えて無くなってしまう事もわかった。自然は、うまく出来ていると感心した。
図10 産卵して間のない「卵のう」。
図11 「卵のう」の先の泳ぎ出る穴。
5 ハウス排水溝での生長
ブドウハウスの排水溝で、始めて幼生が孵化したのは雪が降っていた2月15日であった。孵化した幼生が、「卵のう」から排水溝に泳ぎ出てしまうまでには2日~3日かかった。
孵化直後の幼生は13mmと小さいが、孵化して1ヶ月経つと、全長25mm位になり、前肢には4本指も出来完成している。後肢はまだヒレ状である(図13)。
3月中旬でも気温は低く朝夕では8度、水温も低くなり、幼生は溝の底土の上で殆ど動かず冬眠状態である(図12)。
4月中旬になると、水温10度以上になり、全長も33mmに生長し、前後肢が完成(図14)。
そして、5月中旬となると気温もどんどん上昇し、夏のように暑い日もあって、水温も18~20度に上昇している。
幼生は、小さいがのこぎり状の鋭い歯を持っており、動く物には噛みつく。
図12 排水溝で孵化した幼生。
図13 孵化して1ヶ月。後肢はヒレ。
図14 孵化2ヶ月後,前後肢完成。
図15 3ヶ月後,変態がはじまる。エラ充血。
幼生の動きが活発になり、全長38~45mmに伸び、太さも増してきた。
時々水面に向き泡を吐いたり、水際の草むらを這う幼生も見かけた。鰓の色が黒ずみ(図15)、消失を始めている個体が出てきた。
変態している個体を初めて見つけたのは、5月14日、孵化して89日目であった。鰓が完全に消え、胴部の前の方から出ていた尾びれが、後肢まで後退し、体の模様が成体の様に変わってきた。頭が大きくなり先端が丸く出てきた。
カスミサンショウウオの変態は、早い個体では、孵化して3ケ月少々で変態する事が明らかになった。
変態の時期は5月20日頃であることが判った。変態すると水溜まりから出たがり、陸での動きは敏捷で、捕まえることが難しい。変態の時期については、水温が少しは関係するようである。
ブドウ園内の水溜まりには緑藻等が繁殖しており、水中にはアメリカザリガニ、ヤゴ、カエル等がおり、幼生は、これらの小動物に狙われているように思う。また、友喰いも多く、無事変態して陸上生活に移れる幼生の数は、どれだけいるか。天敵、共食い、等の災難に遭い、かなりの幼生が犠牲になっているようだ。
また、一番の問題は渇水で、3月、4月、5月における降水量の多少が大きく影響する。晴天の日が多い年は、変態する頃、地下水が止まり、排水溝の水溜まりが枯れて乾燥し、幼生が全滅してしまうことがある。
平成21年の春も雨が少なく、排水溝が渇水状態になりかけたので、このままでは幼生が死んでしまうので、急きよ妹尾氏は、水路にいた数百匹の幼生を水槽に移し、冷凍赤虫を与え、エアを送り、カスミサンショウウオを救うため、水槽で飼育している(図16)。
図16 雨が少なく、排水溝の水が枯れかけたので、幼生を飼育。
秋に、ブドウ園内の堆肥置き場で5匹の成体を見つけた。体長を測定してみると、98mm、73mm、37mm、34mmで、小さい成体もいることがわかった。37mm、34mmの成体は、その年の5月、6月頃に変態した新しい成体であろう。集団で生活しているようである。
カスミサンショウウオは平地の静水等に生息しているので、餌付けさえ出来れば飼育は可能であり、飼育によって生長の様子、習性などを知ることも出来る。
妹尾氏は、過去にも、産卵場所の渇水や、幼生が怪我をしているのに気づき、水槽で飼育し、無事変態させ、自然に帰したことがあったと話してくれた。
6 幼生と変態直後の成体飼育について
カスミサンショウウオは平地に生息しているので、気温や水温の心配がなく、餌付けがうまくいければ、孵化したばかりの小さい幼生から成体まで、飼育する事が可能である。
成体の飼育については、8「飼育で感じた事」を参照していただき、ここでは、幼生と変態直後の成体の飼育について、試行錯誤してきた事を報告したい。
用意する物としては、少し大き目の水槽、市販のキンギョや熱帯魚を飼育する、60×30×35cmのアクリル水槽を用いた。その他、水槽に空気を送る、熱帯魚用のエアポンプ。小さな小石や拳大の石。畑の土。朽ちた木株。以上を用意すればよい。
図17 飼育槽
図18 水道水で飼育
水槽の置き場所は直射日光が当たらない、エアポンプの電源が届く所を選ぶとよい。
準備として、水槽に深さ3~5cm位の水を入れる。そして、所々に、隠れ場所となる石や木の株を配置する。また、土で陸地を作る。水槽は陸地の方を少し高くなるように、傾斜して置くのがよい(図17)。
飼育が成功するかどうかは、餌付けがうまくいくかどうかにかかっている。孵化直後の幼生に、最初から冷凍赤虫を与えても、殆ど食べない。飼育槽に、水道水の様な、清涼な水を入れ、冷凍赤虫で飼育を試みた幼生と(図18)、ブドウハウス内の自然の谷でいる幼生と、大きさを比べてみたら、自然の谷の幼生が、かなり大きくなっていることが判った。
孵化直後の小さい幼生には冷凍赤虫は、まだ、餌としては通用しないのであろう。そこで、自然の谷の環境を参考にして試みた事は、飼育槽に入れる水は、庭にある、水生植物等を育てている、石臼にたまっている雨水を入れてみた。
石臼の水は少し濁り、緑色をしているが、水中には、ミドリムシ、ゾウリムシ、ケイソウ類等々のいろいろな微生物が沢山いる。この、自然の水にいる、微生物が餌となったようである。
当分の間は外庭の自然水200cc位を、週に1回位、飼育水槽に入れる事にした。1ケ月経つ頃位からは、冷凍赤虫の小片を、エアの泡の所へ入れてやれば、よく食べだした。
変態期になる5月頃までは、自然水も時々補給し、週に1度位赤虫を与える事で、気温水温の上昇につれ30mm、40mm、50mmと体長は大きくなってきた。
特に4月、5月の生長は大きい。気温水温が高くなるにつれ、餌も多く摂るようになるからだと思う。
飼育での次の問題は、変態してからの餌付けである。変態すると殆ど陸で生活するので、もう赤虫は餌としての役目はなくなる。成体は、ミミズをよく食べる事は判っているが、変態直後の成体には、ミミズを与えても、食べる気配がない。そこで、小さな昆虫類ならどうかと、スイカ、ビワ、ブドウ等の果物の一部を水際に置いてみた。すると案の定、ショウジョウバエ等の小さな昆虫が沢山集って来た。ある時、スイカが腐敗しかけていたので、手で取り出そうとした所、サンショウウオが飛び跳ねた。スイカのどこかに身を潜め、昆虫を狙っていたのに違いないと思った。その後、体長を測定してみると、大きくなっているし、体も太くなっていた。果物に集る昆虫類が、餌となっているに違いない。
6月の終り頃、今年の2月27日に孵化した幼生が既に変態し、小さい成体となり、果物の下でショウジョウバエなどの小さな昆虫を狙っていた。
成体のもう一つの飼育方法について、25年間飼育してきた飼育とは違う成体の飼育方法を紹介したい。ブドウ栽培の妹尾康弘氏は、小さい水槽の底に畑の土を3~4cm位入れ、その上に湿り気のある落ち葉を敷き詰めただけの環境で飼育している。この方法だと水が無いので、餌として与えるサバ虫、ミミズが死ぬ心配がなく餌やりが効果的で便利であると教えてくれた。
飼育槽内に水溜まりがあると餌が水に落ち腐敗して困る事があるので、妹尾氏の方法は、良い方法である。ただ、この方法だと、常に乾燥しないように湿気を保つことを忘れないことが必要である。
冬になると冬眠し、餌は食べなくなる。飼育槽の中に、朽ちた木の株を入れて置くと、その朽ち木の穴の中に入って冬眠している(図19)。
図19 飼育槽内の朽ち木の穴に入って冬眠している若い成体。
現在、カスミサンショウウオの保護をしている市場町切幡ブドウ栽培の妹尾康弘氏が小学6年生の時、始めてカスミサンショウオがアカマツの朽ち木の中で冬眠しているのを見つけ、話題になったが、
カスミサンショウウオの冬眠場所は湿っている朽ち木の穴を好むのであろう。昼間は、朽ち木の穴の中に隠れていることが多い。
幼生飼育で一番難しいのは共食いが多い事で、やっかいな問題である。
7 自然の環境での(飼育)生長
21年の2月15日に「卵のう」から泳ぎ出た幼生を、戸外に置いた水槽内で飼育し、体が大きくなっていく生長の様子、特に全長の変化について観察と測定を続けてきた。
調査は、毎月中旬に容器にサンショウウオを移し、容器の中にメジャーを入れ、撮影し、写真で全長を測定した。
また、その時に、体形の変化をルーペで観察した。
個体の生長は図20~25の様である。生長の様子、特徴等を、下表に纏めてみた(表3)。
図20 孵化直後の幼生。足もヒレもない。
図21 孵化1か月後、前肢でき、後肢はヒレ。
図22 孵化後85日目、変態始まる。
図23 94日目で成体になる。
図24 孵化して268日目。
図25 孵化後1年と106日目。
表3 自然での生長の記録
孵化した幼生は、どのように伸長するか、また、変態後の生長はどうか、等について測定、観察した結果をグラフにしてみた(図26)。
孵化直後の幼生の体長は、13mmと小さく、体は細く、前足も後足もなく、腹卵黄も小さく、丁度、魚のようである。それが、日が経つにつれ前にヒレが生え、それが指のある肢に変わる。
前肢が完成した時には後足はまだヒレで、やがてそれが肢になる。孵化して2か月すると、前後肢が完成し、完全な幼生に生長する。
4月になると餌をよく食べるようになり、5月15日、孵化して3か月経つと変態が始まる。この時点で全長は50mmになっていた。
変態が始まると体長の生長は止まる。生長の早いのでは、孵化して94日で成体になる。カスミサンショウウオの自然での幼生期間は3か月であることがわかった。また、幼生期間中は、体の伸長や生長は一番盛んであることも知ることができた。自然(飼育)での生長とハウス排水溝での生長との比較では、餌の関係か、体の大きさには差があるが、生長の早さはよく似ていることがわかった。排水溝は地下水なので、水温変化が似ていたからであろうが、結果は以外であった。
どのように変態が進むか、飼育個体5匹について調べると、1匹は5月15日に孵化して89日目で成体になり、残り4匹は5月20日までに全てが94日で成体になった。変態期では、次の様な変化が見られた。
- 頭の形がはっきりしてくる。
- 目が突出してくる。
- エラが消える。
- 体表に斑紋が出来る。
- 後肢が太く大きくなる。
- 尾ヒレが胴部の前まであったのが、後肢の後ろまで後退する。そして、ヒ レの形はしているが、ヒレの役目は出来ない形状となる。
- 生活が、水中から陸上に変わる。(肺呼吸になる。)
- 変態は、体長の大きさには関係ない様で、孵化して3か月位い経つと37 mmでも成体になった。
図26 孵化してからの幼生の生長の様子。
8 飼育で感じた事
カスミサンショウウオは動く小さい動物には、食いつく。サバ虫、ミミズは簡単に手に入るし、餌として適している。
臭覚の有無はわからないが、動く物や音には敏感である。
餌を与えるのは1週間に3~5度位で充分である。餌が動く音を感じサンショウウオは隠れている木株の下より首を出し近づき、動くと瞬間に食いつく。
具体的に飼育方法について述べてみたい。材料は、一つは飼育容器である。これには市販のプラスチック製の昆虫や観賞魚を飼う、30cm×20cm×20cm位の蓋と小窓付きの飼育箱があれば充分である(図27)。
もう一つは、これは大事と思うが、カスミサンショウウオが住む住み家に当たる物が必要である。小さい木の株などで、飼育箱の中央に置き、木株の下の面にサンショウウオが身を隠せる小さな横穴や凸凹部があるものが、ぜひ必要である(図28)。
もう一つは飼育箱の底に敷く、径数ミリの小石、ジャリ、普通の土等を用意する。材料が揃うと、飼育箱の底にジャリを敷き、中央に住み家の木株を置き、きれいな自然の水を、住み家の一部が浸かる程度に入れる。これで準備は十分である。
当然なことだが、サンショウウオにとっては、自然の中で自由に過ごすことが一番良いであろう。飼育する時は、常に動物の様子を観察し、腐敗などが起こらないように気をつけ大切に飼育する事が大事である。
図27 飼育水槽
図28 飼育水槽の中に入れてある木の株
カスミサンショウウオはカエルと同じ両生類であり、常時体表が湿っていなければ皮膚呼吸が出来なくなるので、水は絶対に切らしてはいけない。飼育容器を置く場所は日陰で雨水等のかからない所がよい。
2ケ月に1度の割合で飼育容器、ジャリ石、住み家の木株を水でよく洗浄すると良い。餌が残り、腐敗する場合もあるので、水は交換し、容器を洗うことは大切である。
カスミサンショウウオを飼育していて感じたことは、容器を洗う時、水の流れに向かって前後肢を体側に付け、体を素早くくねらせ遡上する時の素早さや、地上に放した時に、逃げようと足を使って動く素早さには驚く。
しかし、一旦飼育箱に入れると、カスミサンショウウオ程動かない、穴の中に潜ると一日中じっとしている動物は他には少ないのでないか。夜行性動物は昼間は動かないのか、それにしても徹底している。
井伏鱒二氏の小説「山椒魚」では、肥大して岩屋から出られなくなった山椒魚の狼狽と悲哀をユーモアに描いた作品であるが、カスミサンショウウオは体がやっと入れる位の木株の小さな穴に入って、体が出られなくなったのかと心配する程、何日も動かない。
作者はこのような、カスミサンショウウオの習性を知っていたのだろう。改めて感心する。
カスミサンショウウオの耐久力、生命力の強さを感じる機会があった。それは、昭和54年9月の事であるが、大俣字原渕398の農業、板東和由氏より、自宅の倉庫を解体中、縁の下から、サンショウウオが出てきたので見に来てはという電話をいただいた。
早速、現地へ行くと、土にまみれてはいたが、確かにカスミサンショウウオであった(図29)。
何故、民家の納屋の縁の下にカスミサンショウウオがいたのか、不思議であるが、それよりも、どのようにして命をつないでいたのかが更に不思議である。一体何処からやってきたのか、どのようにしていたのか。
板東氏の家と周囲の環境を調べてみると、解体した納屋のすぐ東側に小さな谷があり、その谷が、カスミサンショウウオの生息地と言われている、法寺谷下池につながっていたのである。
日頃は、水が流れていない谷であるが、雨期などで谷に水が出た時に流されて、納屋の所へ来たのであろう。法寺谷下池と板東氏の家との距離は約700mである。納屋の横まで流されて来たサンショウウオは、納屋の床下の湿気のある所や家の周辺と谷との間を生活圏としていたのであろう。それにしても、死ぬこともなく、元気で生きていたことは、カスミサンショウウオの体力というか、粘り強さというか、生きる力というか、優れた形質を持っていることを知った出来事であった。
カスミサンショウウオは、根気がよく、辛抱強い天性を持っている動物だと感心する。だから、ひ弱で攻撃力や抵抗力の全くない体でありながら、外敵の多い環境の中を現在も種族を保っているのであろう。
図29 納屋を解体した時、縁の下で見付けたカスミサンショウウオ。
9 生存年数、25年経っても、なお元気
カスミサンショウウオの寿命は何年位いか。私の家で現在飼育しているカスミサンショウウオは平成25年4月で、生まれてから25年になった。現在も元気である。25年以上生きているという事は、貴重な生態の証拠である。
平成2年、小学校6年生であった妹尾君は、ブドウ園で見つけた一匹のカスミサンショウウオを飼い始めた。そして、平成2年4月、そのサンショウウオを譲り受け、引き続いで、平成25年の現在も飼育している。引き継いだサンショウウオは、平成2年で、孵化後1年経っていた。その時の体長は、47mmであった(図30)。
ミミズを餌に飼育し体長は54mm、78mmと段々と生長してきた。図31は平成20年6月に撮ったもので体長120mmに生長、カスミサンショウウオの中でも大型である。尾先の形から雌であろう。
何気なく飼育してふと気がつくと、25年間生きていたわけで、正直いって、カスミサンショウウオを飼育して25年経ったことや25年経っても元気に生きていることに驚いている。
書物で両生類の寿命を調べてみると、ウシガエルは15.5年、ヒキガエルは13~15年、トラフサンショウウオは24年と記されている。カスミサンショウウオは30年は大丈夫と思う。妹尾康弘君より引き継いで以来、別に注意して飼育してきたわけでもなく、水槽に水を切らさないようには気をつけ、時々思い出したようにミミズを与えるという放任飼育であったのに。それにしても、改めて小さい体のカスミサンショウウオの生命力の強さに感心している。
図30 平成2年、生まれて1年目。全長47mm。
全長54mm。
図31 平成20年5月24日。全長120mm。
餌にはミミズを与えてきた。
10 生息と自然環境
カスミサンショウウオは県内でも分布はかなり広い。
しかし、ブドウ園の生息状態から考えてみると、極く限られた狭い範囲で生息しており、1つの「卵のう」から約50匹もの幼生が生まれる割には、個体数は少なく、細々と生きている動物であるということを実感する。
- イ 夜行性動物であること。
- ロ 寿命が25年以上と長いこと。
- ハ 食べ物を、数週間摂らなくても、生きていけること。(冬期など)
- ニ 長い間、動かず、じっとしていること。
- ホ 冬期に産卵し、他の動物が休眠状態である時期に幼生、変態期を通過すること。
- ヘ 物の動き、音や振動には敏感であること。
- ト 生息は水中でも陸上でも出来ること。湿り気が必要。
- チ 体の色が保護色であり、見つかりにくいこと。
- リ 体の機能が陸上生活向きでない。陸上では、敏速な行動や遠くへの移動は困難。
- ヌ 種族維持には、地下水の湧き水など、人が汚してない水が絶対必要であること。産卵には、水溜まりの底や周囲が土で、水深は5cm位と浅くススキ、水草などの草本類が生えているような環境が必要である。
- ル 外敵に対しての攻撃手段は全く持っておらず、その点大変弱い動物である。
- オ 共食いをする。
市場町内での、カスミサンショウウオ生息地であった、法寺谷下池、かくれ谷、金清池の3地点も、現在では、もう、その姿の確認は出来ない。土木工事でコンクリートの水路が出来たり自然が変化したことによるためであろう。
また、他の動物の餌食となる場合も多いと思う。平成2年の春、脇町字小星にカスミサンショウウオの事に詳しい宇多民さんという方がいるという事を聞き、早速訪問し、現地を見せて貰ったり、説明をしていただいた。宇多民さんは、軍人で将校であったそうで、大変きちんとした性格で、農業の合間に、カスミサンショウウオの観察を続け、大学ノートに自宅近辺に生息しているカスミサンショウウオの習性等を、長期間に亘り事細かく記録していた。その研究心、熱心さ、几帳面さには感心した。
宇多民さんは自宅の表庭に自然の谷水が流れ込む、小さな池を作っており、その池に数匹のカスミサンショウウオを飼育していた。そして、家のすぐ東側には広い梅林があり、地面は落ち葉が一面、
梅林の中には谷が通っており、自然にカスミサンショウウオが生息しているとの事であった。説明の中で、長年見てきて、サンショウウオが野鳥、ヘビに喰われるのが一番困ると言われた。そのことが耳に残っている。
金清池周辺で農業をしている人の話しであるが、20年前は、田植えの用意で水を田に引き入れている時、田圃の中で時々サンショウウオが泳いでいたが、最近、農業が、除草剤、殺虫剤などの農薬散布の時代になってからは、サンショウウオの姿も見られなくなったと話してくれた。
また、現在、市場町で電気会社を経営している、板東明夫氏が少年時代にサンショウウオをよく見たと話してくれた。自宅のすぐ裏は、讃岐山脈の南麓で、山裾に谷をせき止めて造った、20アール位の灌漑用溜め池、法寺谷池がある。小学生の頃、昭和30年代、当時、学校にはプ-ルが出来ていなかったので、夏になると、よく法寺谷池で水泳をして遊んだが、その時、水際の草の間に、サンショウウオやイモリがいたのを覚えていると教えてくれた。
板東氏の話を頼りに、約50年経った平成20年、21年、法寺谷池へ、春頃から夏の間、何回か訪れて、サンショウウオの姿を探したが、見つける事が出来なかった。
法寺谷池の大きさや堤防などの姿は50年前と同じ形で残ってはいるが、現在は池の真上を高速道路が通っており、そのために池の中央に高速道路の大きなコンクリートの橋脚が作られていた。建設当時には大規模工事が行われたに違いない。サンショウウオが見つからないのは、多分、大規模工事で草木の繁っていた自然環境が改変されたのが原因だと思う。
カスミサンショウウオの保護については、カスミサンショウウオが生息している自然環境を保護する事が一番大切であり、必要な事であると考える。サンショウウオの生息環境を破壊すれば、細々と生きているサンショウウオは、ひとたまりもなく絶滅してしまうだろう。
そのよい例が、市場地域でカスミサンショウウオが生息している場所は讃岐山脈南麓で、平地との境界域であるが、その地域に、昭和50年度に山麓に大規模農道が建設され、更に平成5年度には徳島自動車道が開通した。讃岐山脈南麓を縦走して徳島~池田間の高速道路が建設されたのである。
この、国土開発によって、サンショウウオが生息していた場所と周辺の自然環境は大きく変貌してしまった。建設時の土木工事、コンクリート化、排水路や溜め池の整備、地形変化等でカスミサンショウウオは全滅したか、生息できなくなったのであろう、自動車道完成以後は、いくら探してもカスミサンショウウオの姿は、見つかっていない(図32、33)。
地域開発、防災対策、生活の合理化、近代化等々は、人々の幸せにつながるものではあるが、野生の動植物にとっては、有史前から住んで来た、安定した生活環境の破壊となる場合が多い。言葉や意思表示の無い生物を護るために自然保護を考えた開発をすることが大切であろう。
市場町内で、唯一サンショウウオが生息しているのは、高速道路の建設とは全く関係の無い場所である切幡山南麓の市場町字切幡観音ブドウ栽培農家の妹尾康弘氏宅の裏山周辺だけである。周辺は、昔からの溜め池が三カ所もあり、
ブドウハウスのある丘陵地帯はハウス以外は、竹藪や雑木林、倒木、腐木、湧き水の湧く地帯等、昔からの自然のままの姿が、人の手が加えられることなく残っている環境である。だから、今もサンショウウオが生き続いているのであろう。
図33 讃岐山麓を縦走する徳島自動車道。カスミサンショウウオ生息地の山麓に建設される。
図32 かつては、この池にサンショウウオが生息していたが、現在は姿を消してしまった。上は建設された徳島自動車道。
おわりに
絶滅危惧種のカスミサンショウウオは生まれてから25年経っても、なお元気である事は、嬉しい事であり、大きな驚きである。
カスミサンショウウオはサンショウウオ科の代表的な種で、西日本の平地や低山地に分布し、唯一、人の社会と重なる場所に生息しているサンショウウオである。
今後も、ブドウ園をはじめ阿讃南麓で、カスミサンショウウオの調査、生態観察を続け、生息を助け、見守っていきたい。