カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

生態観察レポート

みんなに支えられ卵発見

ハコネサンショウウオの卵や産卵場所を見つけたのは,徳島県内初めてであり,四国内では,昭和12年に広島大学教授の佐藤井岐雄博士が石鎚山で見つけて以来の75年振りである。

剣山山系という自然豊かな環境がある徳島県内でも自然が安定してから今までの長い間,誰もがハコネサンショウウオの卵を見つけていないという事はハコネサンショウウオは極めて判りにくい所に産卵している事を物語っている。 昭和57年,今から33年前,小島峠(標高1379m)で,たまたま出会った一宇中学校勤務時の保護者の旧一宇村明谷の藤原清一氏が,本当に親切に,苦にもせず10数kmの山道を先導して,ハコネサンショウウオが多く生息している渓谷を教えてくれた。以来,その渓谷に登り,ハコネサンショウウオの生態や産卵場所の解明に,上流から下流,下流から上流へと調査観察を続けた。そして,腹の大きな雌を含む10匹もの成体が砂礫層の中に潜っているのを発見したり,生まれだちの様な小さい幼生が沢山砂礫層内に潜っているのを見つけ,産卵場所は,この近くに違いないと探し続けた。しかし,卵や産卵場所を見つけ出す事は出来なかった。

探してきた卵が,平成24年6月10日,遂に発見に成功した。今までは殆ど1人で調べて来たが,6月10日は専門の先生を含む5人でグループを組み,挑戦した事が好結果を招いた。しかも,メンバーの1人は,ハコネサンショウウオを専門に研究している京都大学大学院人間・環境学研究科松井研究室の吉川夏彦先生で,わざわざ,京都から来て下さり現地指導をして下さった。更に,協力者の3人は,日頃から私のサンショウウオ調査を応援してくれている,「山の達人」西祖谷村吾橋中学校での教え子の徳善政明氏,自然愛好者であり自費出版した「サンショウウオと学ぶ」を印刷・製本してくれた,さくら印刷株式会社の仁尾鉄平社長,そして,今までも数回調査に同行し支えてくれている私の次男の田村康治の,力強い協力があった。

グループの4人が協力してくれる様になるまでには,いろいろなドラマがあるが,人と人の結びつきやみんなの協力や支えが,卵発見という難しい謎を解いてくれ,つくづく感謝をしている。

吉川先生が「調査のお役に立てば」と京都から来て下さったのも,「シアワセパズル」でお世話になったNHK徳島放送局の佐々木彩アナウンサー(現在はNHKのニュース,ウオッチ9で活躍中)が,「ハコネサンショウウオの事は京都大学の吉川夏彦先生に尋ねられたら」と住所を教えて下さっていた事から,吉川先生との繋がりが芽生えたし,冷静な判断と知恵を出し,先頭に立って難関を切り開いてくれた徳善氏と仁尾氏とは,昭和32年の吾橋中学校時の師弟関係で,懐かしい同窓会等が切っ掛けで,繋がりが芽生えていた。

卵を発見した6月10日は,入梅前で渓谷の水量がかなり少なかった。そのため,渓谷の本流へ,山裾から吹き出している伏流水に気づいた。そして,すぐ前の本流の砂礫層には,小さい幼生が沢山潜んでいた。若しかしてとピントきたので,上流を調べていた吉川先生達を呼んだ。先生は伏流水を見るなり「間違いない,卵はこの奧にある」と言い切った。この吉川先生の一言が卵を発見したのである。しかし,それからが大変であった。伏流水は大きな岩塊の下側から吹き出ており,伏流水の奧を調べるといっても,1人や2人では動かない大きさ岩塊で塞がれていた。5人が,知恵と力を出し合い,やっと岩塊を取り除いた。すぐ卵が見つかるかと思ったが,伏流水の流れに逆らって奧へ奧へとトンネルを掘り進んでも,卵は出て来なかった。危険を伴う状態をいろいろ工夫しながら伏流水に沿って堀進んだ。やっぱり駄目かと思う様になり,太陽が西に傾いた頃,最後に,執念でトンネルの中へ潜った吉川先生が,トンネルの奧から「卵が見つかった」と叫んだ。期せずして歓声と拍手が揚がった。

吉川先生の判断を信じ,知恵と力を出し合い,泥水にまみれて根気よくトンネルを掘り続けた,徳善政明氏,仁尾鉄平氏,田村康治達の一生懸命の協力が,卵を手にした。

誰もが発見出来なかった訳やハコネサンショウウオの習性の素晴らしさを知り,33年前,この渓谷を教えてくれた故藤原清一氏のご好意に感謝した。長年の努力や本流の水量減少も大きな力になった事は云うまでもない。

卵を探すためにトンネルへ潜る吉川先生の写真。

伏流水に沿ってトンネルを掘り,卵を探す。

ハコネサンショウウオが生息する渓谷は,黒笠山(1703m),矢筈山(1849m)近くの深山で,現地へ登るのが大変である。台風や暴風雨による林道の崩落や崖崩等々危険個所も多く,80才には厳しい所である。卵を発見してからも,産卵場所の様子,孵化の時期,幼生の生長等々,初めて知る生態に胸を躍らせ10回近く登った。その度に,毎回,徳善政明氏が7つ道具を持ち,あたたかい支援をしてくれた。雨が降り続く卵発見の7日後には,1人で渓谷に登り,サンショウウオの後々の事を心配しトンネルの封鎖と,今後の継続観察が出来る様に現状復元をしてくれた。徳善氏は長年勤務した営林署を定年退職した,深山をよく知り,自然の動植物に詳しく,私には勿論,同伴してくれた子どもや孫達に,山の自然をいろいろ教えてくれた。ハコネサンショウウオの産卵や生長の生態を知る事が出来たのは,徳善政明氏のあたたかい協力があったから明らかになったのであり,本当に有り難く心から感謝をしている。

ハコネサンショウウオ研究では,努力する事の大切さや,単独で出来る事には限界がある事,人と人との繋がりや協力する事が如何に大切であり,大きな力となるか等々,大事な事を沢山教えてくれた。また,家族のあたたかい支えの有り難さや,人と人の絆の有り難さを改めて肌身に感じた。

卵を見つけた事で,ハコネサンショウウオの生態が明らかになり,少しは動物学の発展に寄与出来た事は大きな幸せである。その後,吉川先生達のDNA検査等でハコネサンショウウオは「新種」である事が確定し「シコクハコネサンショウウオ」と命名された。

吉川夏彦先生,徳善政明氏,仁尾鉄平氏, 田村康治,そして私,田村毅の集合写真。

ハコネサンショウウオの卵を見つけた5人(24年6月10日。渓谷下流にて) 前列,左から田村康治,徳善政明氏。後列,左から吉川夏彦先生,私,仁尾鉄平氏。

シコクハコネサンショウウオが生息している渓谷。源流部。

シコクハコネサンショウウオが生息している渓谷。源流部。

シコクハコネサンショウウオの「卵のう」。

シコクハコネサンショウウオの「卵のう」。

シコクハコネサンショウウオの繁殖生態が明らかになる。

1 産卵時期と産卵場所

産卵期は6月中旬が中心。産卵場所は伏流水の奥深くの板状岩面に複数が 産卵。

2 孵化時期と孵化時の形態

孵化の瞬間。個々の卵で孵化していく。卵膜を破り頭から孵化する。

孵化の瞬間。個々の卵で孵化していく。卵膜を破り頭から孵化する。

孵化直後。前後肢はヒレ状。大きな卵黄を抱えている。

孵化直後。前後肢はヒレ状。大きな卵黄を抱えている。

孵化は10月上旬が中心。

3 前後肢の完成と腹卵黄の消化

10月4日。前肢は孵化後10日位で完成。2本の黒い爪が出来ている。

10月4日。前肢は孵化後10日位で完成。2本の黒い爪が出来ている。

12月1日。後肢は約3ヶ月すると完成。黒い爪が5本出来ている。

12月1日。後肢は約3ヶ月すると完成。黒い爪が5本出来ている。

3月8日。孵化して約5ヶ月後,孵化して149日目。黒い爪が5本出来ている。

3月8日。孵化して約5ヶ月後,孵化して149日目。黒い爪が5本出来ている。

3月26日。孵化して約5ヶ月目。腸管内に残る腹卵黄。腹卵黄は孵化して約8ヶ月経つと消化されて消える。

3月26日。孵化して約5ヶ月目。腸管内に残る腹卵黄。
腹卵黄は孵化して約8ヶ月経つと消化されて消える。

孵化時は太鼓の様に大きかった腹卵黄は3月末には腸管の中で消えていく。 産卵,孵化の時期。前後肢完成の時期。腹卵黄の消化時期は下図の様である。

ハコネサンショウウオの産卵,孵化の時期,前後肢完成の時期,腹卵黄の消化時期を解説した図。

自然と関わって生きるシコクハコネサンショウウオ

  • 年中,絶える事のない,冷たい水が流れている渓谷。
  • 落葉広葉樹に覆われた,夏は日陰で冬は太陽が当たる,落ち葉の多い渓谷。
  • コケの生えた巨岩,岩塊が一面の渓谷。
  • 水の流は階段状で,砂礫層の水溜まりが続いている渓谷。
  • 山裾には伏流水,地下水が湧き出ている環境。
  • 暴風雨,大雨時の増水は,大変であるが,生息場所は渓谷の源流部である。
  • 砂礫層には,腐食した落ち葉が堆積し,いろいろな小動物が生息している。
冷たい水が,1年間絶える事がない渓谷。

冷たい水が,1年間絶える事がない渓谷。

原生林に囲まれている渓谷。

原生林に囲まれている渓谷。

巨岩,岩塊が一面の渓谷。

巨岩,岩塊が一面の渓谷。

山裾には伏流水,湧き水が吹き出ている渓谷。

山裾には伏流水,湧き水が吹き出ている渓谷。

流れは階段状で,砂礫層の水溜まりが続く。

流れは階段状で,砂礫層の水溜まりが続く。

渓谷も暴風雨時には濁流,激流となり,水量は極めて多い。そんな環境の中でも流されずに生き続けているのは,シコクハコネサンショウウオの自然を活かした,繁殖生態の素晴らしさにある。敏捷な一人前の幼生に生長するまでは,伏流水の中で,安全に守られながら生長する,生態は見事である。

濁流の影響を受けないハコネサンショウウオの産卵と孵化の習性の図表

「種族を護る生態」

産卵を終えたシコクハコネサンショウウオ,以下の様な生態が明らかに。

1 産卵時には18本の指先にある黒い鋭い爪が全て抜け落ちる。

黒く鋭い爪は,ハコネサンショウウオのトレードマーク。雌雄とも孵化して間もなくから前肢の4本の指先と後肢の5本の指先に,黒く鋭い爪を持つ。徳島にいる4種類のサンショウウオで爪を持つのはシコクハコネサンショウウオだけ,爪は種の特徴。 肺のないシコクハコネサンショウウオには,爪は生活で大事な役目をするのだろう。

爪が産卵時に,なくなる事を最初に知ったのは,平成24年8月17日。伏流水の奧から流れ出てきた1匹の成体の雄は,身体も細くなり指には 黒い爪がなくなっていた(図1)。一緒に活動していた徳善氏も孫も,「身体を張って卵を護っていたのだ」とつぶやいた事が心に残っている。一体,爪はいつ抜け落ちるのだろうか。

もう一つの事実は,平成26年5月22日(木)。孫の祥馬が,水温6度の渓谷でシコクハコネサンショウウオの雄を発見した。指には,立派な黒い鋭い爪があった(図2)。それが,約1ケ月後の6月17日(火)再び同じ谷で, 孫が見つけた所のすぐ上の伏流水の砂礫の中で,今度は雌のシコクハコネサンショウウ オを見つけた。既に産卵を終えていた。手に取って見ると,なんと黒い爪が全て無くなっていた(図3)。

伏流水の出口にいたサンショウウオ成体

図1 平成24年8月17日に伏流水内の産卵場所から出て来る。黒い爪はない。

伏流水の出口にいたサンショウウオの全体像

図2 平成26年5月22日,孫が伏流水の出口で見つける。指先には黒い爪がある。

伏流水の出口にいたサンショウウオの顔・前足付近のアップ画像
伏流水の出口にいたサンショウウオの後ろ足付近のアップ画像

図3 平成26年6月17日伏流水出口の砂礫層内で見つける。
産卵を終えた雌。爪は落ちて1本もない。

シコクハコネサンショウウオは産卵の時,生活に大切な役目の鋭い爪を落としてしまう事がわかった。お互いや「卵のう」膜を傷つけないための種族を護る生態に違いない。

2 垂直なガラス壁を登り,小さな隙間を見つけ,移動する能力を持つ。

6月17日に見つけた,爪のないサンショウウオを詳しく調べようと家に持ち帰り,穀物保存用の大型冷蔵庫内に飼育槽を設置,その中に入れた。夜の間に水槽から逃げては大変と思い,水槽の上部を小さい網目の網袋で蓋をし,隙間が出来ない様に周囲を紐で縛っ た。ところが翌朝水槽の中を見ると,シコクハコネサンショウウオの姿がなく,水面から30cmもある垂直なガラス壁を登り逃げ出していた。水槽の上の枠を移動しながら隙間を見つけたのであろう。シコクハコネサンショウウオの不思議な能力に驚いた。

巨岩,岩塊が一面の渓谷を住み家とするシコクハコネサンショウウオにとっては,水槽から外へ出る位は,普通の事かも知れないが,こんな能力を持っているから,生き続けられているのだと感心した。

3 シコクハコネサンショウウオの強い生命力。

平成26年6月17日の夕方,渓谷から持ち帰った,産卵を終えたシコクハコネサンシ ョウウオが,夜の間に,飼育水槽から冷蔵庫内(室温10度)に逃げ出した。翌18日の朝,大型冷蔵庫内の床の格子の間で,動かなくなった逃げ出したサンショウウオを見っけた。体表は乾燥,僅かに粘性が残っているのか表面に米粒とゴミが付着, 木枝の様に動かなかった。飼育水槽から逃げ出してから時間が経っている様子。死んでしまったと思い,つまみ上げてみると,尾がかすかに動いた様な気がした。急いで,穀物保 存用の大型冷蔵庫内に,別の飼育ケースを用意,エアーを吹き込み,死んだ状態のシコク ハコネサンショウウオを入れた。水温を下げるため保冷袋や身体を支える石も入れた。それから約24時間,丸1日中,飼育ケースの中で動かず,仮死状態で石の上で長くなっていた(図4) 。動いて欲しいという願いが通じたのか,33時間が経過した19日の午後5時頃,シコクハコネサンショウウオがかすかに動いたのである。枯れ木の枝の様になっていたシコクハコネサンショウウオが冷水の中に入れて約33時間後,命が蘇った。これには喜びより驚きが多く,シコクハコネサンショウウオの生命力に,さすがはサンショウウオだと大きな喜びが湧いてきた。

仮死状態からの目覚めを願って水中の石の上に載せたサンショウウオの様子

図4 飼育ケースの中で,仮死状態のシコクハコネサンショウウオ。

シコクハコネサンショウウオが生活する深山には,大きな自然災害が起こる事もあるだろう,生死に関わる様な環境変化もあるだろう。シコクハコネサンショウウオには,いろんな環境変化に遭遇しても耐える力があり,生き返る素晴らし い能力,身体の仕組みを持っている動物である事を知った。素晴らしい能力,生態があるからこそ有史以前から種族を絶やす事なく,生き続けられているのだろう。