カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

サンショウウオの一生

コガタブチサンショウウオの一生

ツルギサンショウウオと命名

サンショウウオは地質時代から生き続けてきた両生類で、「生きた化石」と言われる珍しい動物。このサンショウウオが個体数は少ないが徳島県内の自然に4種類生息している。身体は小さいが種族を護る習性など優れた生態を持ち、剣山山系の原生林渓谷、山腹や四国山地山麓、讃岐山脈山麓の小さな谷で生息している。

コガタブチサンショウウオは剣山(標高1955m)を中心とした標高1500mより高い原生林の山腹に生息している。全長は100mm~120mmと小さいが体色が黄色系と黒色の虎模様で美しい。石鎚山地方では「コガネサンショウウオ」と呼んでいる地域もあるそうで、個体によって多少の違いはあるが体色模様は見事である。

昭和時代や平成の始め頃までは、「ブチサンショウウオ」と呼んでいたが平成20年頃から「コガタブチサンショウウオ」と種名が変わり、更に令和2年からは「ツルギサンショウウオ」と命名される様になった。サンショウウオの生態を研究されている京都の田辺慎吾先生より「ツルギサンショウウオ」と名付けられたと教えて下さった時、嬉しかった。

生息分布は石鎚山や剣山を中心とした四国山地の深山であるが、「ツルギサンショウオ」と名付けられた事は徳島県民にとっては嬉しい種名である。

図1 剣山(標高1955m)(中央左が山頂)山頂と北側山腹原生林。
ツルギサンショウウオは、湿潤な山腹に生息、個体数は少なく、
姿に出会う事は稀である。環境省準絶滅危惧種。

偶然に出会った産卵

剣山の落葉広葉樹が芽吹き始め、ツルギミツバツツジのピンク色が目に付きだした5月上旬、太陽が西の山に隠れ夕暮れを感じる様になった頃である。標高1700m位、源流だろうか巨岩や大きな岩塊が幾つも重なる間から少量の水が幾筋も流れ出ている横に出来た小さな水溜まりに、50匹以上のブチサンショウウオ(ツルギサンショウウオ)が集まっていた。狐につままれたのでなかろうかという思いと、何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。更に驚いた事に、ひたひたの水溜まり一面で戯れ合いながら「チュウ、チュウ」と互いに小さな声を出し合っているのに気付いた。「チュウ、チュウ」の声は、口から泡を吹き出した音であったが、動作から喜びの挨拶の様に思えた。観察を続けたいが夕闇が近づいていたので、取敢えず数匹を持ち帰えった。その個体が、翌朝バケツの中に渦巻状の2本の「卵のう」を産んでいた。

渓谷を調べながら降った時には、何も無かった水溜に、約2時間後に再び渓谷を引き返し登ってくると驚く数の小さい虎模様のサンショウウオが集まっていたのである。何の為に、集まったのか、何かを感じる第6感があるのだろうか等々、疑問と驚きが一杯であった。昭和47年5月上旬、一宇中学校の生徒達とのサンショウウオ調査時の忘れられない貴重な体験である。その年の11月に徳島新聞朝刊に、サンショウウオの群れに出会った事が紹介された。

最近の調査で上記の謎が解けてきた。水温8度、晴天日の夕暮れ、流れの音に引かれて、水溜まりに集合、雌雄は戯れ合いながら日没を待ち、地下水の奥深くで産卵が始まったのである。

産卵前に複数匹が集まって戯れ合う行動や地下水、伏流水の奥深くで産卵する習性や広い山肌の中で産卵している場所は1か所か極めて少ない事や、暗闇の中で産卵する等々は、サンショウウオの種族を護る優れた習性であり、シコクハコネサンショウウオの産卵習性とよく似ている。

図2 産卵は5月上旬から始まる。剣山山腹のツルギミツバツツジが
咲き始める頃である。

図3 渓谷の源流だろう。大きな岩塊の間から冷たい水が流れ出ている。

図4 砂礫層の水溜まり。

図5 5月の夕方、水溜まりに驚く数のブチサンショウウオ(ツルギサンショウウオ)が集まっていた時の様子等々が徳島新聞朝刊に紹介された。

生長の早い幼生

深山の渓谷内では、イシヅチサンショウウオやシコクハコネサンショウウオの幼生や成体の姿は時々見てきたが、ツルギサンショウウオの幼生や成体には出会った事が無く、不思議に思ってきた。

難しかった卵の発見や生態が判る様になってきたのは、平成20年代になり、西祖谷山村吾橋中学校での教え子徳善政明氏が支援してくれる様になり2人3脚で調査を重ねてきたお陰で、徳善氏の努力と温かい協力の賜物である。

地下水に囲まれた岩塊の奥深くに産み付けていた「卵のう」は2回位渦巻状になり、太さは8~9mm、長さ約100mm。その中に卵膜に包まれた直径3~4mmの球形の卵が一列に10~12個詰まっている。1度の産卵で20~24匹の幼生が生まれる事になる。産卵の中心は5月上旬~中旬と考える。幼生の誕生は産卵から約50日後で、梅雨が終わる7月8日頃に孵化して「卵のう」の端から流れの中に泳ぎ出る。孵化した時の幼生の全長は約24mmと小さく、体色は少し黒味、目と目の間に白い鼻筋が通っている珍しい顔。前後肢はヒレ状で、エラは小さく、背ヒレと尾ヒレの広いのが目立つ。

孵化して約1カ月すると指も前後肢も完成し全長33mmに生長。そして、孵化して2カ月半が経つた夏が終わる9月20日頃に生長の栄養である腹卵黄が消化され無くなり全長約40mmの一人前の幼生に生長する。その間、岩塊の奥で、流れで洗われている砂礫の間に潜んでいる。この幼生期間中の砂礫層に潜り込む習性もシコクハコネサンショウウオの孵化後の幼生と同じである。腹卵黄が無くなり、自力で餌を摂る様になってからの生長は早く、間もなく身体が黒くなり背ビレとエラが消え変態兆候が出始め、9月末から10月上旬にかけ変態が終了する。孵化してから約86日と言う短期間で変態し、肺呼吸の成体となり陸上生活に移っていく。幼生である期間が短いのは、平地に生息するセトウチサンショウウオとよく似ている。

幼生は源流の重なり合う岩塊の奥で梅雨末期に誕生し、夏が終わる頃に一人前となり、それから僅か10日間位した、秋を感じる9月末から10月上旬に変態し、岩塊奥の流れの中の砂礫層から山肌へ上陸し成体の一生が始まる。渓谷で姿を見ない理由が頷ける。

図6 ツルギサンショウウオの「卵のう」と発生が進んでいる胚。

図7 孵化して間のない幼生。小さなエラ、大きなヒレ、白い鼻筋。
腹には孵化後の生長や当座の栄養となる腹卵黄を抱えている。

図8 孵化して1週間後の幼生。まだ前後肢はヒレ状である。
幼生の生長は早く、孵化して約86日で変態し成体になる。

図9 変態して間もなく。頭部が大きく、前後肢が丈夫になる。
ヒレが消え尾部は短くなり、身体は太くなったが、全長は幼生の時より小さくなる。
変態して暫らくは全身黒一色である。

山腹が成体の棲み家

ブチ模様の成体には、昭和47年の春、水溜まりに集まっていた時以外、殆どと言ってよい位、見た事がなかった。生態が知りたくても雲を掴む様で年月だけが過ぎた。

平成20年代の7月18日の午後、気温16度、水温12度、標高約1500mの剣山系山腹で、共に調査をしている徳善政明氏が朽ちた倒木の下で黄色いサンショウウオを発見した。鮮やかな黄色に黒の豹紋柄をした美しい体色と渓谷から10m位も離れた山肌での発見に興奮した。長年探していたブチサンショウウオ「ツルギサンショウウオ」であった。全長109mm、身体の各部の割合は、頭部15%、胴部47%、尾部39%。ブチ模様の美しい体色。後肢の腕は太いが短く、驚いた事に、後肢の指は普通サンショウウオは5本であるが4本しかない。また、尾部が太くてボールペンの様に先端が尖りヒレがない等、他の種類と違った身体の形や体色が心に残った。

成体は、冬眠から覚めると、標高1500~1600m地点のなだらかな山腹で、サワグルミやカツラの大木が繁り、所々から地下水、湧き水が滲み出し、大小の岩塊や倒木が点在し、一面が緑の苔に覆われ、トリカブト群落の緑が続く神秘な感じのする山肌に生息している事が判ってきた。単独行動の様で、やや大きな岩塊の下に潜り込んでいる姿も見てきた。成体が潜む岩塊の下側は土が流され、拳大の石や砂礫で空間が出来ており、落ち葉や草木、木の実の腐った有機物が堆積、小さな虫類やミミヅやカエル等のサンショウウオの餌となる小動物も沢山集まっている。4月~5月の間はこうした岩塊の下で活動しており、地表で姿を見る様な事はない。山肌を移動する時は、雨降りの時や夜間であると考える。産卵時期が近づくと源流域を目指して山腹を這い上がって行く。そして、多くの仲間の集まりを待ち、夕方から夜にかけて地下水、伏流水が流れ出ている巨岩の奥に入り込み産卵する。産卵場所は、広い山肌でも1~2か所と少ない様に思う。山肌生活や産卵の場所は、動物に発見されない様な岩塊群の底部であり、サンショウウオの見事な習性である。地質時代から生き続けて来た理由がわかる。

9月下旬~10月上旬に変態した全長40mm足らずの黒色体色の成体1年生は、山肌でどのように活動し何年するとブチ模様をした全長100mmの成体に成長するか等については今後の課題である。

成体は、秋が近づくと、4月~5月とは場所を変え、湿り気のある倒木の下や大きな岩の下に潜り込み冬眠に備える。

成体の生息場所は山腹の限られた地形の所。年間を通して低い気温、雨や霧の日が多い特有の気象と落葉広葉樹原生林の深々とした環境に守られ、周囲の環境に適応した体形や持って生まれた優れた習性があるから生き続けられてきたのだ思う。

図10 美しい豹紋体色、後肢の4本指、身体の動きを助ける太い尾部。
胴部の大きいのが雌で、尾部の大きいのが雄。

図11 成体は終生山腹で生活する。動物に襲われないように大きな倒木や岩塊の下で
生活。湿潤で落ち葉や有機物が多く小動物も多い。

図12 山肌には地下水や湧き水が流れ、年中湿っており緑の苔に覆われている。サワグルミの大木、岩塊、倒木、砂礫、落ち葉、木の実の多い環境である。剣山山腹では気温は夏でも13度位、山頂の1例では、5月~10月の降水量2821mm、年間快晴日は僅か33日、曇天日209日、霧の日264日。高山気象に守られている事を実感。

身体の特徴

ツルギサンショウウオは一生山肌で生息している事がわかっていても、身を護る習性が抜群なのか、個体数が少ないからか、姿を見つけ出す事は難しい。運よく見つけた時は、山肌での動きを調べたり、写真に撮ってきた。

写真の計測、腹の太さ、総排泄腔の形から雌雄の違いを知る事も出来た。雄の全長は120mm前後、雌は100mm位で少し小さい。また、雄は尾部が全長の50%近くと長く、雌は胴部が47%前後と長く、尾部は40%位で短い。

黄金と言われる美しい体色模様は保護色として役立つている事や色や模様は一匹一匹少しずつ異なっており一生変わらない事もわかった。体色の黒色は全ての個体にあるが有色部分は黄色であったり茶色や褐色等、個体によって少し違っている。ブチ模様や色が個体によって違うのも、外敵から身を護るためにつくられた固有の形質であろう。

また、尾部は尾ヒレが無く形が丸い棒状で、他の種類と違った形である。渓谷に生息するイシヅチサンショウウオやシコクハコネサンショウウオの尾は、流れを泳ぐので長くて平たく櫂の様な形をしているが、ツルギサンショウウオの尾部は、終生山肌生活なので、移動時に役立つ様に棒状に進化し、カンガールの尾の様にバネとなり方向転換や前進に役立っている事も判った。また、後肢も太く短く、指もしっかりしており山肌生活に適応した形をしている。

地質時代から剣山山系の落葉広葉樹の山肌で生きてきただけに、生態には謎も多く一生の過ごし方を追跡するのは難しいが、小さな体で環境を活かして身を護り種族を護り頑張っている事を強く感じた。ツルギサンショウウオは剣山の大事な家族である。

図13 個体によって模様、体色が少し違っている。

図14 後肢の指の数は退化した小指がある5本指の個体もいる。

図15 ブチ模様は保護色として役立っている。

一生の解明は道半ばであるが、長い間、共に頑張って下さった教え子の徳善政明氏と、共に支えてくれた家族に深く感謝の意を捧げ終わりとします。

令和2年6月 記

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