カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

ツルギサンショウウオの産卵・孵化・変態

徳島県民が愛する大自然・霊峰「つるぎ山」の名が種名となったツルギサンショウウオの生態調査では産卵場所や孵化してから変態するまでや変態後の生長の様子が謎で、調査には長い間、教え子の徳善政明氏に大変お世話になってきた。また、高知市動物園の園長であった渡部 孝氏、学芸員の吉川貴臣氏にも何度も調査にご協力を頂いてきた。最近になって皆の努力のお陰で調査の方向が絞られてきて、令和5年6月10日に、1番知りたかった産卵場所を突き止める事が出来、卵の生長を継続観察、知りたかった生態が少しずつ前進してきた。

卵を見つけた所は1か所であるが、「卵のう」内の胚の発生が少しずつ違う4組の卵が産みつけられていた。やっと巡り合う事が出来た「生態解明のチャンス」を大事にと考え、4組の卵を家庭で飼育観察する事を選んだ。飼育は生息していた深山渓谷の環境を考え、飼育する水は市販の天然水を、水替えは約20日間隔、卵は発生進度別に3個の水槽に分け、水槽内にはそれぞれに空気を吹きこみ、砂利石や握りこぶし大の石を入れた。水槽は室温11度~12度に設定した穀物保存冷蔵庫内に置き、照明で昼夜を考え、変態後は餌として少量の赤虫を与えてきた。生長観察は、約10日~7日間隔で観察し撮影し、発生、孵化、変態、生長の様子を調べてきた。

1)4組の卵の産卵日推定

飼育観察をしている4組の卵は、発見時点で既に胚の発生が進んだ状態であり、それぞれ卵の産卵日は不明であった。そこで、先ず、はじめに産卵日を推定しなければと方法を考えた。幸いにも平成27年に偶然ツルギサンショウウオの卵を発見し生長を観察していたので、その記録と、もう一つは産卵してあまり時間が経っていないイシヅチサンショウウオの卵の生長観察をしていたので、その二つの観察記録を参考に推定する事にした。基準にした平成27年6月4日に見つけてくれたツルギサンショウウオの卵は、徳善氏が流れを堰き止めた大きな岩石の裏側で発見してくれた、初めて手にした卵で大事に観察してきた。もう1つは、産卵と孵化が5月~7月中旬であるイシヅチサンショウウオの、産卵してあまり時間が経っていない卵を観察してきた記録であり、この2つの卵の発生段階と照らし合わせ、4組のそれぞれの産卵日を推定した。

図1 以前、平成27年6月4日に渓谷の流れを堰き止めた岩の端で、初めて見つけてくれたツルギサンショウウオの「卵のう」は、この胚の生長を数日間隔で孵化直後まで観察撮影してきたが、孵化して1週間後、酸欠が原因か残念ながら全滅してしまった。この卵の産卵日推定は、産卵間もない卵からの発生を調べてきたイシヅチサンショウウオの胚の生長と比較し、5月17日と推定していた

図2 令和5年6月10日に見つけた時の、4通の卵の中の「1」とした卵。鰓の基が膨れ、尾が少し伸びている。腹卵黄に巻き付く体には、まだ体色はない。

図3 令和5年6月10日に見つけた時の、4通の卵の中の「2」とした卵の様子。
「2」の卵は、間もなく孵化する様な状態に進んでいた。

図4 令和5年6月10日に見つけた時の、4通の卵の中の「3」とした卵。
幼生の体がわかる状態になっていた。体色がうっすら着きだし、腹卵黄が少し楕円状になっていた。うっすらと目が出来かけている段階。

図5 令和5年6月10日に見つけた時の、4通の卵の中の「4」とした卵。
黒い目が出来、幼生らしくなり、腹卵黄が長い楕円形になっていた。

深山に春が訪れてくると、ツルギサンショウウオの成体は普段は湿潤な山肌で生活しているが、産卵期になると水の流れの音を頼り、水量の少ない渓谷に降りてきて源流近くの伏流水が流れる谷底に入り込み産卵する事がわかってきた。産卵の時期は早いのでは4月下旬からで、中心は5月上旬、5月中旬である事がわかってきた。産卵時の渓谷と周辺の水温、気温は、水温9度~10度、気温13度前後である。ツルギサンショウウオの産卵時期は深山渓谷に生息するサンショウウオの中では1番早いと考える。4組の卵の推定産卵日は、4月26日、5月 5日、5月 8日、5月17日であった。

産卵日を推定した方法説明のスケッチ

図6 6月10日に見つけた時点での4通の卵の形を、平成27年6月4日に見つけた卵の生長記録と照らし合わせ、4通の卵の産卵日を推定した過程説明図。

2)産卵から孵化までの期間と孵化の時期

ツルギサンショウウオは一度の産卵で2本の「卵のう」を産み着ける。1本の「卵のう」内には直径3mm位の卵が約10個入っている。1個の卵は卵膜に包まれ、パイプ状の「卵のう」内に1列に詰まっている。卵の発生が進み幼生の身体に生長し卵膜の中が窮屈になり動き出すと、やがて一個の卵を護ってきた卵膜を破り孵化が始まる。卵膜を破り孵化して「卵のう」内に泳ぎ出ると、間もなく「卵のう」の端が解け、それぞれの幼生は狭い「卵のう」から渓谷の流れに泳ぎ出て、いよいよ1匹の幼生として渓谷での活動が始まる。「卵のう」内での、この一連の行動は、生長してきた幼生によって少し早い遅いがあり 全ての幼生が「卵のう」から泳ぎ出てしまうまでには約1日間位かかる。

飼育観察では、「卵のう」から数匹が泳ぎ出た時点で孵化したと判断した。6月10日に見つけた4通りの卵の孵化日は以下の様であった。

  • 4通の「1」の卵は、平成27年の卵と同じの7月8日孵化、産卵して53日目に孵化
  • 4通の「2」の卵は6月20日に孵化、産卵して55日目に孵化した。
  • 4通の「3」の卵は6月29日に孵化、産卵して53日目に孵化した。
  • 4通の「4」の卵は6月26日に孵化、産卵して53日目に孵化した。

ツルギサンショウウオの孵化は6月中下旬頃から7月上旬で、産卵してか約ら53日目頃に孵化する事が判った。孵化すると渓谷での生活が始まる。その頃は梅雨の時期で、雨が多く渓谷は洪水状態になる時もあるが、ツルギサンショウウオの産卵は源流近くで谷底の伏流水が流れる岩塊が重なる底であり影響はないと考えている。

孵化した時の形態は全長約26mmで細くて小さい。目を引くのは、両顎から出ている長さ2~3mm、3本軸にピンク色のススキの穂状に広がっているエラであり、もう一つは尾部が全長の45パーセントと長く、更に胴部の前の方から出ている背ビレと尾ヒレが全長の70%と発達している点である。もう一つ、腹部には黄色味をした栄養源の腹卵黄を抱えている点である。前後肢は、まだ機能不可。前肢は2mm位で形だけは出来ているが機能しない。後肢は点である。孵化幼生にとって流れの中で生息するため一番大切なのは水の中でも呼吸が出来る事と流れに抵抗できる身体である点と栄養の補給であろう。体色は黒色で渓谷の底に重なる岩石や枯れ枝と混じるとわかりにくい色である。眼は大きい。頭部には口先から頭頂にかけて白い線が通っている。白い鼻筋があるのは固有である。

孵化して約1か月たった7月中下旬になると全長33mmと大きくなり、前後肢もしっかりしてきて移動時の原動力となっている。呼吸は、エラ呼吸と皮膚呼吸。食べ物は捕らなくても腹に抱えている腹卵黄の栄養で生長し活動する。岩塊群の間を伏流水が流れ、光の少ない谷底岩塊の間で変態するまで過ごすと推測している。長い間、渓谷でサンショウウオの幼生等を探してきたが、ツルギサンショウウオの幼生だけは見たことがない。

図7 4組の卵の中の「3」の卵の孵化が近づいた時。推定産卵日より48日目の状態。6月24日写す。卵膜の中で窮屈そう。1匹1匹が卵膜に囲まれ、それ等がパイプ状の「卵のう」内に1列に詰まっている。

図8 孵化して間のない幼生。ピンク色のエラを広げ、背ヒレと尾ヒレが出来、背ビレは胴部の前の方まで伸び、尾部の割合も大きい。小さいが前肢と指が出来ている。
孵化して1日経った6月21日に写す。全長26mm~27mm。「2」の卵。

図9 孵化した時の幼生のスケッチ。

3)変態について

山肌の状態や渓谷の様子を調べ、源流近くの小さな谷に目をつけ、ツルギサンショウウオの産卵場所をつきとめた時の3人の喜びの表情は忘れられない。6月10日に岩塊に産み着けられていた4組の卵は9月末現在、全て変態し元気に生長している。ただ、幼生時は他の種類より小さい腹卵黄であったけれど、変態後には消化されて無くなっており、餌付けがうまくいっているかが大きな心配事である。10月に入ると徳善氏と相談して、生まれ故郷の渓谷へ帰ってもらう予定である。

サンショウウオの一生で生き方や形態が大きく変わる節目が孵化であり変態である。変態は幼生から成体に変わる過程であり、形態や生活が変わるので興味深い。孵化してから変態するまでの生長の様子やいつ頃変態するか、変態すると形態や生態がどの様に変わるか等は知りたい楽しみであった。4組の卵から生まれてきた幼生の変態時期は次の様であった。

  • 4通りの「1」の卵・・7月8日に孵化し8月28日に変態を確認。孵化して52日目。
  • 4通りの「2」の卵・6月20日に孵化し8月11日に変態を確認。孵化して53日目。
  • 4通りの「3」の卵・6月29日に孵化し8月19日に変態を確認。孵化して52日目。
  • 4通りの「4」の卵・6月26日に孵化し8月17日に変態を確認。孵化して53日目。

深山渓谷に生息するサンショウウオの変態は、イシヅチサンショウウオは孵化してから1年後であり、シコクハコネサンショウウオは4年後である。ツルギサンショウウオの変態は50日少々、あまりにも早いのには驚きである。しかし、ツルギサンショウウオの成体は常時は山肌生活であり、渓谷内で過ごすのは変態するまでの幼生時期だけであるので、小さい幼生にとって、水量が安定している短期間の渓谷生活は、身を護る点で極めて有利であろう。また、変態時期は8月中下旬で、変態後は山肌生活となるが、8月中旬頃は樹々の葉は繁り気温も良く、果実など有機物も実り小動物も増加し活発に活動する時期で、変態時としては良い時期である。

変態について1つご理解を頂きたい。それは、当観察で変態したのは孵化してから52日目、53日目であり、その時期は8月中下旬である事が確認できた。ところが、先に報告しているHP「四国徳島に生息するサンショウウオ」の項目「コガタブチサンショウウオの一生」(ツルギサンショウウオの旧名)では、「変態は孵化してから2ケ月半経過した夏の終わり頃、変態時期は9月下旬~10月上旬で、孵化して2ケ月半経過した夏の終わり頃」と報告した。このHPの観察結果は2018年6月25日に高知県の工石山(1515m)で、幸運にも地下水の流れる砂礫層で見つけたツルギサンショウウオの「卵のう」から孵化しょうとしている1匹の幼生を持ち帰り、穀物保存用冷蔵庫内で飼育観察した結果である。問題は、当報告の孵化から変態までの期間、変態の時期と日数と違いがある点である。当観察では変態は孵化してから52日目、53日目であるのに対して、高知工石山の幼生は孵化してから86日目に変態、当観察結果より約23日遅く変態している。両幼生は共にツルギサンショウウオであり、ほぼ同じ条件で飼育したと思っていたので、違いがあるのは不思議。何故違いが出来たのか疑問であった。その点について調査した結果、両者での飼育水温の違いが影響していた事が判った。本調査の52日目、53日目での変態は、各水槽の水量は深さ5cm位と少なく、常時外気をエアーポンプで吹き込んでいたため飼育水温が、高知工石山幼生の飼育水温より少し高くなっていたためである事が判った。生息時の水温が孵化から変態するまでの変態時期に大きく影響する事を知ったのはイシヅチサンショウウオ幼生の飼育で証明する事が出来た。この事について、ご理解を頂きたく挿入した次第です。

本論に帰り、まず始めに、変態すると形態や生態にどの様な変化が起こるかについて調べてみた。

  • 変態した時点の全長は33mm~34mmである。孵化時から平均で約8mm伸長し体がしっかりしてきた。
  • エラが消失する。
  • 背ビレ、尾ビレが消えて無くなる。
  • 眼が突出してくる。(山肌生活では広い視界である事が重要なのであろう)
  • 口先が前に出て、頭部がやや大きくなる。
  • 前後肢がしっかりしてくる。特に後肢が長く伸びてくる。
  • 尾部が棒状になり先が尖ってくる。
  • 腹に抱えていた腹卵黄が消化されて無くなり、胴部が細くなる。
  • 鼻筋の白い線が消えて無くなる。(幼生時の白い鼻筋は、無い幼生もいる。)
  • 体色に変化が出てくる。変態直後は幼生時の様に全身真っ黒に見えていたが。

ツルギサンショウウオの成体は「黄金サンショウウオ」と呼んでいる地域がある位、体色は黄色系の斑点が入り美しい。しかし、観察中の変態したツルギサンショウウオの体色は真っ黒であり、いつ変わるのだろうか不安であった。所が8月26日、変態して約10日目の4通の卵の中の「3・4」の卵の水槽を見た時、水槽に入れてある石の上に、頭や背中や尾部に「うす黄緑色」の縞模様がはっきりわかる4匹が上がっており、驚きと喜びでカメラを構えた。この事が切掛けとなり以後、変態時や変態して4日後、10日後、27日後、等々経過した個体の写真を改めて調べてきた。一見すると黒く見えるが、多くの個体の全身に「クリーム色」というか「からし色」の小さな斑点が入っている事がわかってきた。4通の卵の「3・4」の変態後の体色は変態して42日経った9月29日でも、一見では黒色に見えるが、改めて拡大鏡で見ると全個体に「クリーム色」の縞模様が頭から尾にかけ、出来ている事が判った。

変態して約50日になる10月4日には4通の卵の全個体に「うす黄緑色」の斑点がはっきりとわかる様になってきた。これ等の観察から成体の美しい斑点模様の体色は、変態して、初めは真っ黒の中に「クリーム色」の様な色をした小さい点が頭、背中、尾にでき、生長するにつれ点は繋がり斑状や縞模様に広がっていく事がわかった。また、体色の斑点模様について、成体の模様を調べていて判った事は、斑点模様は個体によってまちまちであり固有で一生変わらない事がわかった。人の指紋の様である。

  • 変態すると、呼吸は肺呼吸と皮膚呼吸に変わり、山肌での生活となる。しかし、水槽 内では変態してから3か月が過ぎても、水中にいる個体が多く、石の上やガラス壁等外気でいる事は珍しい。変態しても水中で過ごしている事は、皮膚呼吸がしっかりしている事や山肌生活には徐々に変わっていく習性の現われでないだろうか。
  • 全長は5~6匹測定した平均値であるが、変態時の全長は33mm~34mm位であったのが10日間くらい過ぎると31mm~32mmと小さくなった。変態後は全長が少し小さくなる様である。その後は、暫くの間は全長34mm位が続き、変態して1か月半位すると徐々に伸び始め9月末には36mm位となり大きくなってくる。

図10 8月13日写す。孵化して55日目、変態して3日目。多くの個体はエラが消えている。頭部の先端に丸味が出来てくる。背ビレと尾ビレが消えている。眼少し突出。後肢が長く太くなり、両足で歩くし、ガラス壁を昇る。

図11 8月22日の体。全長36mm。体に黄色い斑点が出てくる。
変態しても水の中でいる事が多い。孵化して64日目。変態して12日目。

図12 石の上でいる時もある。
体色は真っ黒と見ていたが、虎模様で美しくなっており驚く。足もしっかりし成体らしい体つきとなってきた。
8月27日写す。孵化して68日目。変態して16日目

図13 9月6日に写す。腹に抱えていた栄養の腹卵黄も消化して無くなり、頭が大きく体が細くなり心配。全長が少し小さくなる。体色は真っ黒に見えるが、小さな斑点がある。変態して27日目。全長33mm。4通の卵の「2」の卵。

図14 4通の卵の中の「3と4」の卵からの個体。9月6日写す。変態して約20日経過。体表が成体の様に虎模様になりかけているのが判る。此の頃になるとガラスの壁に上っている個体が少し多くなる。身体は小さいが動きは敏捷である。

3)産卵渓谷に帰る

ツルギサンショウウオの卵からの生長を観察し4か月が過ぎた。お陰で知りたかった 卵から一匹のサンショウウオに生長していく生態のいろいろを教えてくれた。ツルギサンショウウオについてまだまだ知りたい生態の疑問はあるが、体力と年には勝てず、残念であるが調査はこれで終わりの様な気がする。

先日、サンショウウオ調査に助力してくれている徳善政明氏から10月5日(木)の10時頃にサンショウウオを取りに行くからという連絡を頂いた。高知市から阿波市までの超遠距離、更に阿波市から原生林の山へは大変である。80歳を過ぎた頃から調査時には、若しもの事があってはと必ず妻か子か孫が同伴していた事をよく知っているので、老夫婦への温かい配慮からの本当に有難い電話であった。

皆に助けられツルギサンショウウオの産卵、孵化、変態について知る事が出来た。感謝の気持ちで一杯である。ツルギサンショウウオを産卵場所の渓谷に帰してくれ、1匹、1匹が少しでも多く、元気に育って欲しいと思い、徳善さんが、深い山の谷まで、返してくれた事に感謝している。「つるぎ山」(1955m)の様に自然の変化に負けず長生きしてほしいと祈っている。

図15 ツルギサンショウウオの成体。体色の模様は固有。コガネサンショウウオと呼んでいる地域もある。全長約100mm。

図16 変態して47日経過。全長34mm、35mm。体色は黒に見えるが背中側全身に黄色系の模様が出来ている。模様は生長するにつれて広がり美しくなってくる事が判ってきた。

令和5年10月 記