カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

コガタブチサンショウウオを探して

1 調査のきっかけ

剣山系の渓谷でコガタブチサンショウウオを探していたが,なかなか見つからなかった。ふと思い出したのは,昭和47年,一宇中学校での教え子である藤原清富氏が,一宇中学3年生の時「黄色に黒い斑点があるサンショウウオを見た」という話をしてくれた事である。藤原氏は,山に詳しく特に自然の動植物の事をよく知っていた。現在も一宇で自営し,地域の渓谷や自然林に入る事が多いと聞いていた。

その藤原氏が,「いいですよ案内しましょう」と多忙な1日を協力してくれる事になった。その事を,いつもサンショウウオ調査を支援してくれている高知市に住む,西祖谷吾橋中学校での教え子の徳善政明氏に電話すると,「私も協力しましょう」と言ってくれ,平成26年6月2日,梅雨入りの前日,3人での「ごろう谷」調査が実現した。

渓谷は,小島峠(1379m)~黒笠山(1703m)を結ぶ稜線の西側斜面の下にあり,北から南へ流れ,赤滝川へ流れ込んでいる流路2500m位の水量が安定している谷である。

樹齢50年位の杉林の中を,斜めに登る跡形が殆ど無い道を,小島峠~黒笠山の稜線を目指した。藤原氏でなければわからない獣道である。稜線が近くになる頃からは落葉広葉樹に代わり,陥没したような平らな地形や大きな岩塊が現れ地質時代の様な環境に変わった。稜線には小島峠~黒笠山~矢筈山を結ぶ登山道らしき痕跡がわかった(図1)。

図1 小島峠~黒笠山の稜線周辺。一帯は落葉広葉樹林。

2 岩塊に産み付けている「卵のう」の多さに驚く

谷へ入った所は標高約1300m地点,谷幅も広く,水量もかなりであった。水温11度,そこから上流へ上流へとコガタブチサンショウウオを探して登った。調査を打ち切った源流地点の標高は約1450m。渓谷の傾斜は緩く,大きな岩塊が点在し砂礫層の水溜まりも多かった。

落葉広葉樹に囲まれた渓谷には,多くの岩塊にイシヅチサンショウウオが産卵していた。イシヅチサンショウウオは,1つの岩に2本の「卵のう」,つまり1匹だけが産卵しているのが普通である(図4)。ところが,同じ岩塊に驚く程多くの「卵のう」を産み付けているのに出合った。イシヅチサンショウウオは集団産卵の習性もあるのだろうか(図2,3)。過去には,1つの岩塊に6本位の「卵のう」が産み付けられているのはあったが,10数本には驚いた。

また,多くの水溜まりには,イシヅチサンショウウオの全長50mm少々の越年幼生がいた(図6)。

図2 1つの岩に,複数のイシヅチサンショウウオが「卵のう」を産み付けていた。

図3 各「卵のう」の発生段階は似ていた。数本が落ちていた 。

図4 イシヅチサンショウウオの産卵は,1匹が2本の「卵のう」を産卵。同じ岩塊に産み付けている「卵のう」は2本が殆どである。

図5 「卵のう」を護っていたイシヅチサンショウウオの成体。

図6 多くの水溜まりの石の下には,イシヅチサンショウウオの越年幼生がいた。平均全長は52mm。

3 渓谷周辺の環境

渓谷と山肌の様子は,サンショウウオ生息の自然環境そのもの,別世界を感じる素晴らしい環境であった。ブナ,ミズナラ,トチノキ,カツラ,カエデ類の落葉広葉樹の大木が繁り,山肌には落ち葉が一面,草本類や低木が全く無く見通しが利き,小鳥の声を聞きながら,美しい深山の景色,大自然の豊かな環境に感動した(図7) 。

水溜まりの周囲には,朽ちた落ち葉が堆積,小さい虫や水棲昆虫がかなり見られた。山肌の所々には太く古い倒木が多く,渓谷の古さを感じた。ただ気になる事があった。徳善氏が「イノシシが,谷を大分荒らしているねえ」と指摘したが,渓谷内の岩や両岸が所々無造作に掘り起こされていた。藤原氏も「イノシシはサンショウウオを食べるんだろう」,「サンショウウオを探してイノシシが掘った跡だ」と言い切った。自然豊かな深山の渓谷を荒らすイノシシ出現は,本当に困ったものである。イノシシがサンショウウオの大の天敵である事を始めて実感した。

図7 源流部近く。休みながら相談する藤原氏と徳善氏。

4 気になる卵塊と「卵のう」を見つける。

源流域まで,コガタブチサンショウウオを探しながら進んだが,まだら模様のサンショウウオは見つからなかった。

しかし,少し気になる2種類の変わった卵塊と「卵のう」を見つけた。家庭で飼育して確かめようと考え,持ち帰る事にした。

その1つは ,流の中の大きな岩塊に,太さ4mm位の紐状の「卵のう」に直径3mm位の卵が1列に詰まり,それがラセン状に巻いてぶら下がっている「卵のう」群。卵の数は100個,200個と驚く数。過去に,湧き水の下で,似た卵塊を見た事があるので,カエルの卵でないかと思ったが,産卵場所がイシヅチサンショウウオと同じ所だし,「卵のう」が紐状で螺旋状に絡み合っており,気になり持ち帰る事にした(図8)。

図8 イシヅチサンショウウオの産卵と似た場所,岩塊に産卵している不思議な卵塊。卵は卵黄も大きく,直径約3~4mm。既に身体の形が出来ている。

2つ目は源流域で,イシヅチサンショウウオの「卵のう」の横に,形はバナナ状であるが,全体の直径が小さく,太さも細い,今までに見たことのない「卵のう」を見つけた(図9)。この「卵のう」も若しかしてと思い,気になり持ち帰る事にした。家には穀物保存用の冷蔵庫があるので,2種類の卵を飼育し確認する事にした。

図9 岩塊上左側の小さいバナナ状の2つの「卵のう」。右はイシヅチサンショウウオの「卵のう」。

5 二人に感謝しながら

稜線で休憩。藤原氏は「前にブチがいたのは倒れた木の下であったのだが」と,野生動物の繁殖で渓谷の様子が変わっている事を残念がった。コガタブチサンショウウオを見つける事は出来なかったが,生息谷を知る事が出来た事は生態解明への前進である。

北を見ると黒笠山(1703m)の頂上がすぐ近くであった。稜線の左右には白やピンク,紅色の満開に咲くシャクナゲの群落が広がっていた(図10)。稜線を下りながら,徳善氏が「此の辺りのは,家具や鉄道の枕木にもなるサロメチールに似た臭いがするミズメという木」と教えてくれた。ミズメやヤマザクラ,リョウブが点在する気持ちの良い稜線を小島峠方向に急いだ。藤原氏,徳善氏のあたたかい協力,支援に心から感謝しながら,山を下りた。

図10 稜線の登山道左右に色とりどりのツクシシャクナゲ群落が。

6 変わった卵塊,「卵のう」家庭飼育の結果

1 ) イシヅチサンショウウオより小さい「卵のう」飼育の結果。

図11 小さい「卵のう」

穀物保存用冷蔵庫内でエアーを送り飼育したが,残念ながら6月14日にカビが生えはじめ,孵化する事なく腐敗してしまった。同じ条件で飼育していたイシヅチサンショウウオの「卵のう」は孵化したが,若しかしてと期待していた,小形の「卵のう」は腐敗してしまった。若いイシヅチサンショウウオの未受精卵であったのでないかと思う(図11)。

2 ) 卵塊飼育の結果。

卵塊の1部分を持ち帰えった(図12)。その生長過程は図13~図19の結果となった。

図12 若しかしてと思い,持ち帰えり飼育した卵塊。

図13 谷より持ち帰って5日後の6月7日,3個の卵が孵化。目は開いていない様子。尾ビレあり。前後肢は突起。

図14 全長10mm。卵黄3mm。広い鰭。サンショウウオとは違うと思った。

6月14日には,全ての卵が孵化した。イシヅチサンショウウオの孵化時期より約1ヶ月も早いのに驚く。上から見ると腹卵黄が大きく,頭と一体になっており,オタマジャクシと同じ形。黒い目が可愛い。口先が尖り,サンショウウオと違うと結論。

図15 6月14日に全て孵化する。

サンショウウオでない事が判ったが、続いて生長を観察する。

図16 7月21日,孵化して37日目,長い後肢が出来ている。

図17 7月29日。孵化して45日目に前肢が完成。前後肢が完成する。

図18 孵化して54日目。頭が角張ってきた。陸上生活をする様に

図19 孵化して61日目に尾が消え,カエルとなる。8月10日孵化から2ヶ月目。

7 渓谷調査で判った事

若しかしてコガタブチサンショウウオの卵でないかと思い,飼育し生長を楽しみに見てきたが,やっぱりタゴガエルの「卵」であった。また,小さいバナナ状の「卵のう」は,孵化前に腐敗してしまった。どちらもコガタブチサンショウウオとは,全く結びつかなかった。

徳善政明氏と藤原清富氏のあたたかい協力,支援で「ごろう谷」から学んだ事は多い。コガタブチサンショウウオがいる所は,イシヅチサンショウウオと同じような渓谷内の大きな岩塊の下ではなく,イノシシが掘り荒らしていた,底に水が流れている,渓谷の「瓦礫様地帯」や,水が湧き出ている穴でないかという事。また,藤原氏が教えてくれた「倒木の下」や渓谷周辺の湿り気のある山肌に違いない。大きなショックは,サンショウウオの天敵として怪力イノシシの出現を知った事である。懐かしい教え子と頑張った,楽しい調査であった。26年 9月 記