イシヅチサンショウウオ幼生の生長と変態
1 はじめに
今までの調査で,渓谷におけるイシヅチサンショウウオの孵化時期や変態時期,水温と変態の関係について,大体の事は理解していた。しかし,生息場所が深山の渓谷であるだけに,その個体の確かさに問題を感じていた。
平成26年6月1日,東祖谷の標高1350mの渓谷でイシヅチサンショウウオの越年幼生と産卵してあまり日が経っていない「卵のう」を見つけた。この幼生と卵について,いつ頃変態するのか,また,いつ頃孵化するか,幼生はどんな生長をするのだろうか,身近に飼育しながら観察すれば,より正確な生態を知ると考え,1年間余り家庭で飼育し観察に取り組んできた。
本報告は,上記の越年幼生の生長と卵の孵化と孵化幼生の生長過程を,特に変態時期について飼育しながら調べた結果で,毎月カメラで写し観察した記録である。
2 飼育の方法
観察のためには,飼育が成功する事が大切である。平地でのサンショウウオ飼育の決め手は水温管理と餌付けである。水温については,イシヅチサンショウウオが生息している渓谷の一年間の水温を参考にした(表1)。春は約6度,夏は14度,秋は12度,冬は1~4度である。渓谷より気温の高い平地では,問題は4月から11月の間で,その間は穀物保存用の大型冷蔵庫内に水槽を置き,12月~4月上旬の間は屋外に水槽を移して飼育した。次に,餌については,サンショウウオは生きて動く小形動物を食べているので,常時,水槽内にエアーを吹き込み,そこに冷凍赤虫を投入した。サンショウウオは,臭いにも敏感であるようだし,エアーを吹き込む事によって,赤虫を動かし,生きた小動物化した。水替えは2~3週の間隔で行い,その都度,カメラで撮影し写真映像を通して生長発達の様子を調べた。
月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 4月 |
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水温 | 6度 | 10度 | 11度 | 14度 | 13度 | 12度 | ・6度 | ・4度 | ・4度 |
表1 イシヅチサンショウウオ生息渓谷の毎月中旬頃の水温。・印期間は屋外で飼育。
水温管理は,屋外飼育中の3月~4月に思わぬ気温の高い日が続いたが,生息に支障はなく,うまくいったと思っている。問題は餌で,水槽にコケを入れ湿地帯を作り,そこに小さいミミズを入れたりもした。幼生は日増しに生長したので,赤虫,ミミズが成功したのだと思っている。
3 観察内容と結果
観察の対象は,1つは渓谷で6月1日に見つけた,越年幼生の生長であり,もう1つは,その時,見つけた新しい「卵のう」の変化と生長である。
1)では,越年幼生の3ヶ月間の観察の結果を述べ,2)では孵化と孵化幼生の約1年間飼育してきた観察結果について述べたい。
1)越年幼生の変態時期
6月1日に,渓谷から持ち帰った7匹の幼生の平均全長は52mmで,既に後肢の指が長く伸びている幼生もいた(図1)。明らかに,前年の7月頃に孵化した幼生で,その年の秋に変態出来ず,冬を越してきた幼生である事がわかる。この越年幼生は,穀物保存庫内で水温約11度で飼育,いつ頃変態するかに焦点を当て観察を続けた。
孵化してから,ほぼ1年経った6月下旬には全長57mmになり,目が少し突出する等,変態の徴候が出て来た(図2)。7月21日にはエラが消失した。そして7月29日には,殆ど変態が終了(図3),8月7日には7匹全てが陸に上がった。その時点での平均全長は62mmになっていた(図4)。
この飼育観察で越年幼生は,8月7日に全長62mmになり,水温11度前後で変態した事が確認できた。過去の渓谷での調査から,幼生が孵化するのは,7月中旬前後である事がわかっているので,多分,越年幼生も7月上旬か中旬に孵化したと考えられるから,この越年幼生の,幼生の期間は365日を少し越す事も明らかになった。少し驚いたのは,変態が全て終了するまでに,約1ヶ月間もかかったのが意外であった。
この観察で,自然の渓谷でも越年幼生は,幼生期間約1年間で,7月~8月の夏に変態を終了し,陸上に上がる事が裏付けされた。
図1 6月1日に見つけた越年幼生。平均全長52mm。
図2 6月29日の越年幼生。変態の徴候が出ている。体色が黒くなり,目が出て,後肢の指が長く伸びて来る。
図3 7月29日。変態する。
図4 8月7日。全てが成体となる。
2)孵化と幼生の変態時期
もう1つの観察の目的は「卵のう」の卵の孵化と,引き続き孵化した幼生の生長を調べる事である。
それぞれの観察結果は以下のイ)~ホ)の様であった。
イ)産卵から孵化までの期間
産卵から孵化までの期間については,過去の観察では,56日,52日,41日,40日という記録がある。本調査の卵は,7月8日に孵化した。産卵日を,卵の発生状態から推定すると5月25日と考えられたので,産卵から孵化までの期間は45日間となる(図5~7)。孵化の時期については,7月8日である事が確認出来た。
図5 6月5日。産卵推定日5月25日頃
図6 6月14日。頭と尾が卵黄より出る。
図7 6月29日の卵。孵化を待つている。
図8 7月8日孵化する。産卵推定日を5月25日とすると45日目。
孵化時の幼生の全長は9匹の平均で24,9mm(図8)。過去の渓谷での孵化直後の幼生の全長は30mm~33mmであったので,少し早く孵化したためかと思う。
ロ)孵化時の形態(図9)
7月8日に孵化した幼生の形態の特徴は以下の様であった。
イ 全長は23mm~29mmである。目は,はっきりしている。
ロ エラは糸状ピンク色、約7mmと長く,顎の両側で,箒状に広げている。
ハ 前後肢は,まだ出来ていない。
ニ 腹には大きな黄色い卵黄を抱えている。胴部は全長の50%もある。
ホ 尾ビレが広い。
図9 孵化時の幼生。全長29mm。
ハ)生長曲線(図10)
孵化してからの幼生の全長の生長は,大きな関心であり,どんな伸び方をするかを1年間,7匹の幼生について測定してきた。その平均値をグラフにしたのが図10である。
図10 幼生の生長(全長)。9匹の平均値。
グラフから幼生の生長が一番活発なのは孵化して約1ヶ月の間であり,比較的に生長が著しいのは,前後肢が完成するまでの間である。腹卵黄は前後肢が完成する頃に無くなるが,腹卵黄の栄養で生長している期間が一番生長が盛んであることが判る。この段階が生長曲線の前期に当たるのだろう。その後,変態までは緩やかな勾配で,ほぼ直線的に伸長し,変態後は,また緩やかに上向きに伸長する。大きく見るとS字状曲線を描いている事が感じられる。
ニ)4月上旬に変態
渓谷での変態は,標高が低い渓谷で,産卵が早く,水温が高く,餌が多くある環境であれば,中には孵化した年内に変態するのもいるかもしれない。しかし,普通は,孵化した次の年の夏頃に変態する。
本調査では,孵化は7月8日であった。その孵化幼生は,8月~10月の冷蔵庫内の飼育水温が11度前後で,渓谷より水温が低かったため変態出来ずに全てが越年した(中には12月に変態徴候が出ている幼生もいた)。その後,11月末から春の間は冷蔵庫内より屋外の気温が低いので,外に出し屋外で飼育を続けた。3月末頃から,気温が上がり始め水温が15度を超す日が続いた。この水温上昇で堰を切ったように変態が始まり,4月10日には全てが変態を終了した。4月に変態を確認したのは初めてである。
変態には,水温が極めて重要である事が判ったが,もう1つ大切な事は,幼生の体が充実してくる事も,極めて重要である事が判った。変態中の個体の全長は約65mmに生長しているし,幼生の全長が60mmまで生長するためには,少なくとも,孵化してから,6ヶ月位の期間が必要である事も判った。
孵化幼生は,変態時期は4月10日,幼生の期間は277日という結果であった。
ホ)外からわかる体の発達
過去の調査では,孵化後10日で前肢が完成,30日後に後肢完成,孵化して52日後に腹卵黄が消失した。飼育による今回の調査では,次の様であった。
○孵化して3日目・7月10日
エラが櫛状になる。3本づつあるのがわかる。前肢が2mm位伸びている。後肢はイボ状。
○14日目・7月21日
前肢に3本の指が出来る。後肢は2mm位出て来る(図11)。
図11 14日目の幼生。前肢に指が3本出来る。
○31日目・8月7日前肢完成
前肢がしっかりし,指が4本できる。後肢は細短く,小さい指が4本(図12)。
図12 前肢がしっかりしている。
○52日目・8月28日後肢完成
前後肢の太さが同じ,長さは前肢が少し長い。後肢に指5本出来る。頭が大きくなる(図13)。
図13 腹卵黄が殆ど消失。前肢と後肢の太さ似ている。全長42mm。
○64日目・9月9日
幼生らしくなり,たくましくなる。頭大きく,尾部も長くなる。
○101日目・10月16日
前肢より後肢が太くなり,しっかりしてくる。後肢の指が伸びてくる。53mm。
○147日目・12月1日変態の徴候始まる
前後肢の指が長く伸びて来る。尾ビレが広くなる。エラが充血してくる(図14)。
図14 鰓が充血してくる。全長61mm。7匹中で一番大きい。
○271日目・4月4日変態中
指が長く伸びて来る。特に後肢の指が長くなる。エラ消失,尾ビレ消失,口の先が尖って来る,体色が黒くなる(図15)。
図15 後肢が大きくしっかりしてくる。特に指が長く伸びる。体が黒くなり,エラが消え,頭部が丸く,はっきりしてくる。
○277日目・4月10日変態終了
陸上に出る(図16)。
図16 飼育ケースの壁に登る。
幼生の生長
孵化する,7月8日。0日目
前肢完成は孵化して31日目
後肢完成は孵化して52日目
変態最盛期。271日目
変態終了。4月10日277日目
○290日目・4月23日
平均全長65mm。全て幼体となる(図17)。
図17 飼育個体7匹全部が無事に変態を終了。頭部が丸くなる。
今回の孵化幼生の観察では、前肢完成は31日目、後肢完成は52日目で、渓谷より完成が少し遅いが,冷蔵庫内水温が11度前後で渓谷より低かったためかと考える。
3)主な生長変化のまとめ
○ 越年幼生の変態
変態時期・・・8月 7日
幼生期間推定・365日を越す
飼育水温・・・11度
○ 孵化日数
産卵推定日・・・・5月25日
孵化時期・・・・・7月 8日
孵化日数・・・・・45日
○ 孵化幼生の変態
変態終了時期・・4月10日
幼生の期間・・・277日
変態時期水温・・約14~15度
○ 孵化幼生では,産卵から全長63mmの幼体(陸上生活)になるまでに322日。
約10,7ヶ月と短い期間で成体になった。
4 考察
今回の飼育観察では,卵の孵化時期や変態時期,幼生の生長の様子を詳しく知る事が出来た。特に興味を持ったのは,越年幼生と孵化幼生とでは,飼育水温の違いで,変態時期に約4ヶ月間の差ができた点である。越年幼生の変態は8月7日,一方卵から孵化した幼生は4月10日に変態した。この差の疑問から,変態するには,水温が大きく影響する事が確かになった。両幼生の飼育環境で,違いがあったのは水温だけ。越年幼生は飼育を始めた時期が夏に向かっていたので,穀物保存用冷蔵庫内で飼育。もう1つの孵化幼生は,11月下旬頃から4月までの間は冷蔵庫内よりも屋外の気温が低くいので屋外で飼育した。変態時期の違いは,屋外飼育による,水温の違いが原因であるとしか考えられない。屋外での飼育水温は表2の様,3月末から4月上旬に掛けて急に気温が上がり水温15度前後の日が続いた。この水温上昇が変態を引き起こしたのだと考える。孵化幼生は3月~4月時点で全長約64mm,体は完成しており環境の合図があれば,いつでも変態できると考える。
全ての飼育幼生が4月に変態した事実は,初めて知った事であり,変態を左右する水温の不思議な力を実感,越年する幼生ができる理由も確認できた。
また,越年幼生が8月に冷蔵庫内の11度少々で変態した事で,越年幼生は孵化してから約1年間位すれば,変態する事が明らかになった。この事で,標高が高い渓谷では,9月,10月頃に水温が低くなると,幼生のままで越年するが,越年幼生は夏の7月~8月に,変態する事が確認できた。
飼育で判った大切な事は,変態するためには,水温の大切さと共に,幼生の体が充実してくる事が大切で,幼生の全長が65mm位まで生長している必要がある事が判った。また,生長については,全長が60mmを越すためには,孵化してから少なくとも6ヶ月位はかかる事も判った。
飼育調査では,水温は極めて重要な環境である事が証明された。深山渓谷に生息しているサンショウウオは,産卵も孵化も変態も、生活,生長の全てが,水温を指標に,また,水温に大きく影響されながら生きている事を改めて知る事が出来た。
測定日 | 1/29 | 2/29 | 3/3 | 3/13 | 3/29 | 3/31 | 4/4 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
時刻 | 前9 | 後6 | 後5 | 後4 | 前9 | 後2 | 前9 |
気温 | 5,5 | 8 | 9 | 13 | 13 | 21 | 17,5 |
水温 | 4,5 | 5 | 7 | 7 | 11,5 | 15 | 16 |
表2 屋外で飼育した水温測定の記録。3月下旬~4月に気温が上がる。
5 おわりに
イシヅチサンショウウオの卵と幼生を身近で飼育し,生長の過程をカメラで写し,画面を通して観察すると,思わぬ点に気づく事も多く,より広く生長を知る事が出来た。
直径10mmの卵膜の中から孵化した時は,小さい体で目と長いエラと卵黄と尾ビレが目立つ魚であった。それが,広い環境に出ると腹の卵黄を栄養に急生長し,前後肢が出来,伸長し,特に尾部が伸び広い尾ビレの幼生に生長していく。この生長の過程を見て,自分だけの力で生きていく動物の合理的な生長の仕方に改めて感心した。
また,今まで孵化や変態,環境との関係について大体は判っていたが,飼育した事で,越年幼生は,孵化して約1年した8月頃に変態する事が裏付けられたし,また,新しい事実として,体が充実し,水温が15度位が続くと4ヶ月も早い4月に変態する事も判った。
この飼育を通しても,サンショウウオは,特に水温,気温と深く関わり合いながら生長発達している動物である事や,いろいろな点で素晴らしい「生きる力」を持っている貴重な動物である事が再認識できた。渓谷調査に親身の協力をして下さった西祖谷吾橋の徳善政明氏と,つるぎ町一宇の藤原清富氏に深く感謝いたします。 27年 5月 記