カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

シコクハコネサンショウウオの変態について

1)幼生の全長測定を続ける

長い間の産卵場所探索も、京都から来てくださった京大の吉川夏彦先生のご指導や西祖谷山村吾橋中学校での教え子徳善政明氏、仁尾鉄平氏、そして次男康治の一生懸命の協力のお陰で念願の卵を発見する事が出来、「卵のう」や卵の形、産卵時期、発生、孵化時期、孵化の仕方、孵化後の幼生の生長等、知りたかった生態を明らかにすることができた。

一方、変態については、幼生発見以来観察を続けてきたが、確かな証拠は掴めなかった。孵化してどれ位すると変態するかを中心に、変態時期や変態時の全長は課題であった。

変態の調査は、孵化した幼生を飼育し生長を観察していけば生長発達の過程は解けるだろうが、飼育するには流水や水温調整等難しい問題があるので、取り組んだのは、渓谷での幼生の生長測定、身体変化の継続観察であった。現地渓谷で、年間を通して幼生を採集し、生長や特徴を調べていくと変態について判ってくるに違いないと考えたからである。

調査は、渓谷へ入る度に、中流域にあるサワグルミ横の大きな水溜まりを中心に決め、上流や下流の複数個所の水溜まりで、タモ網を使い砂礫層を掻き込む等して、礫や石の下に潜むサンショウウオを採集し、生長を調べた。採集した個体は、メジャーを入れたバットに移しカメラで撮影し、後日、日付け入りの写真に現像、写った幼生の全長をノギスを使い測定し特徴等を調べ10月孵化から何年目の個体であるかを分別し記録してきた。

図1 渓谷水溜まり数か所で幼生を採集し、上図の様に撮影し全長等を調べてきた。
写真の大部分の幼生は、孵化してから10カ月目の幼生。右下等3匹は頭部が角ばっており孵化して2度冬を越して来た、孵化して2年目の幼生である。

図2 小・中・大と、いろんな幼生が網に入ってくる。全長、頭の恰好、体色、網に入った幼生の数等を調べて孵化後(孵化は10月とする)何年目か判定する。

2)問題は孵化して3年目の幼生の特定

幼生等を採集した日数は延べ16回。ルーペやノギスで映像の全長を計り、映像のスケールで身体の大きさを測定し、体色、頭の形、目の位置等も調べて分類した。

そして、孵化して1年目の個体、2年目の個体、3年目の個体と分別し変態時期を探った。

分類の結果、変態するのは、最初は孵化して3年目の秋頃と判断した。しかし、孵化して1年目の個体と2年目の個体は正確に判別出来たが、3年目と思った個体は全長が約70mm~約100mmで、あまりにも身体の大きさに違いがあり過ぎ、変態する時期は3年目であるのには疑問に思ってきた。

図3 体色がオレンジ色になった2個体。共に孵化して3年目だとすると全長、太さ等の違いが大き過ぎる。共にエラはあるが頭部先端部の形に少し違いもできている。

3)生長グラフをつくる

そこで、複数幼生の全長を平均した生長測定値で生長のグラフを作ってみた。孵化した10月時の全長は30mm、それが冬を越して1年経過した10月には約13mm伸びて43mmに、2度目の冬を越した2年目の10月には1年間に約14mm伸びて約57mmになる。この2年間の生長をグラフにすると、身体の伸びは月日にほぼ比例し、直線状である事が判った。このグラフを更に延長し、3年目、4年目には身体の大きさはどれ位になるかを見ると、3年目には約70~80mmに、そして、90mm、100mmは4年目になってである事がわかった。

この生長グラフから、当初3年目と思っていた70mm~100mmの個体には、4年目の個体を含めていた事がわかった。そこで、3年目と思っていた採集個体を、再度、全長、体色、頭の恰好、目の位置、身体の太さについて調査した結果、3年目には約16mm伸びて約73mmになり、4年目になると更に約17mm伸びて90mmになる事が判った。この結果こそ、自然の姿に違いない。

図4 孵化した幼生の生長の記録。孵化して1年目、2年目、3年目、4年目の全長測定値の結果。(採集期日と採集幼生の全長値)。( )内数字は測定した幼生の匹数。

図5 生長グラフ。横軸は幼生を採集し測定した月。測定全長の値は、採集した複数幼生の全長の平均値。

孵化して1年目。2年目、角ばる。3年目、段ができる。4年目、丸味が。

図6 幼生の生長するにつれて変化する頭部の形のスケッチ。

4)変態は孵化して4年目の夏から秋に

年間を通し、渓谷のいろんな場所の水溜まりで採集した幼生の全長を測定観察して来た結果、孵化して4年目の夏から秋の間に変態する事が判かった。4年目の夏になるとエラが消え、体色がエンジ色になり、全長が約90mm~100mmに伸長、身体も太り、頭の形と目の位置が少し変わり身体の恰好が成体と似てくる。

シコクハコネサンショウウオの幼生は、孵化してから冬を3回越し3年目に入ると,全長が70mm以上になり、頭部の恰好が少し変わり、体色が焦げ茶色や橙色、黄色の縞模様等有色になる。そして、4回目の冬を越し4年目になると体色が更に鮮やかになり、頭の先が丸み、7月頃には全長が90mm位に伸長。そして、8月頃から変態が始まる。エラや尾ヒレが消えて眼が大きく突出してくる。雌雄が判る後肢の太さの違いは、まだ判別できない。

5)生まれて約8年して親になる

シコクハコネサンショウウオは6月上旬から産卵が始まり9月末~10月に孵化し,冬を4回越し、4年目の夏~秋に変態し成体となる。その時点での全長は約100mmである。また、生長グラフから見ると、産卵成体の全長160~180mmの親になるには、変態してから更に3年~4年経ってからであると推定される。孵化してから約8年すると親になる。

シコクハコネサンショウウオが生息している渓谷が少ないのは、4年間という長い幼生期間や孵化してから約8年後に親になるという、長くゆっくりとした生長を支える自然環境が必要だからだと思う。黒笠山西谷の豊かな水量、なだらかな渓谷、谷に点在する巨岩や岩塊、砂礫層の水溜まり、上流の伏流水、湿潤で変化ある、なだらかな山肌や周りの落葉広葉樹原生林等々の自然環境は、シコクハコネサンショウウオの生態を助けるのに適した環境なのであろう。黒笠山(1703m)や矢筈山(1849m)は、郷土の大切な宝である。

図7 冬を3回越した3年目と4回越した4年目の個体。4年目の8月頃に変態が始まる。頭が丸くなり、エラが消える。

図8 8月下旬には変態を終了したばかりの個体をよく見掛ける。全長約100mm、

図9 シコクハコネサンショウウオが多く生息している黒笠山西谷の中流域

令和4年7月