カスミサンショウウオと生息地の山奥の写真

コガタブチサンショウウオを追って

1 コガタブチサンショウウオの思い出

剣山山系の渓谷でコガタブチサンショウウオを初めて見たのは昭和47年5月の連休である。一宇中学校の生徒と一緒にサンショウウオ調査を始めて2年目。県内には4種類のサンショウウオがいる事は知っていたが,コガタブチサンショウウオだけは,まだ見ていなかった。当時は,単にブチサンショウウオと呼んでいた。

「憲法記念日」だったか「子どもの日」だったか,学校は休日。「先生剣山へ行こう」 と,生徒に云われ,サンショウウオ調査に出発した。剣山の頂上に到着したのは,午後1時過ぎ。5月というのに山頂近くの洞窟には,大量の雪が残っており,やっぱり剣山は違うなあと思った事が心に残っている。 五月晴れで春霞もなく,「あれは本州だろうか」,「瀬戸内海だろうか」と眺望を楽しみ合った。弁当を食べ,測候所に立ち寄った。一宇中学の生徒である事を知り,親切に職員の方が,山頂の天気の事や計測装置を教えてくれた。祝日と晴天で,なんとなく自由な気持ちになり,時間の経つのを忘れた。

遊歩道から剣山山頂(標高1955m)を望む

「さあー行こうか」と,もう一つの谷に入った時は,太陽が西に傾いていた。調査する 渓谷は,剣山から祖谷川へ流れる谷である。遊歩道から見下ろすと谷は急勾配,枯れ木の様な大木の間を巨岩,岩塊が筋になって下へ下へと続いている。渓谷に初めて水が現れるのは,遊歩道から100m位下である。水が現れた所へ1年生の生徒を残し,3年生の2人と一緒に200m,300mとサンショウウオを探して下った。ふと,気がつくと,何となく夕方の気配を感じた。「調査はここまでじゃ」 ,「遅くなったら大変」と,下ってき た渓谷を,遊歩道を目指して引き返した。源流部近くまで上がって来た時である,巨岩で待っていた子が「早う上がってこい」,「先生,サンショウウオがようけおるわ」と慌てた口調で教えてくれた。生徒が指さす水溜まりには,何と驚く,初めて見る形の小さいサンショウウオが群がっていた。これがコガタブチサンショウウオに出会った最初である。 2時間位前,降りる時は気づかなかったのに,数えられない程の沢山のコガタブチサンショウウオが群らがっていた。「これはすごい,よう見つけたのう」 ,みんな喜び,初めて見たコガタブチサンショウウオに興奮。不思議な事があるものだ。渓谷を下りる時には何もいなかったのに,キツネに包まれた思いであった。

水溜まりのコガタブチサンショウウオは,あすこ,ここから「チュウ,チュウ」と不思議な音の鳴き声を出し合い,体を触れ合いながら盛んに動き回っていた。 「あの鳴き声, 友を呼びよるんじゃろか」 ,何処から,何を合図に集まったのか,興味ある事ばかり。しかし,残念な事に,夜が近づいていた。不思議な行動の観察も打ち切らなければならず, 興奮の思いのまま山を下りる事にした。渓谷水溜まりの標高は1700m前後。コガタブチサンショウウオに出会った最初である。

5匹をビニール袋に入れて持ち帰った。翌朝,バケツの中を見ると卵を産んでいた。ラセン状の初めて見る形の 「卵のう」 である。アサヒペンタックスの最新型カメラで写した。 当時はフイルム式,成体と卵の写真は,大事な思い出の一枚である

2 姿が消えたサンショウウオ

退職し自由の身になってから,コガタブチサンショウウオを調べようと思い立ち一宇中学校の生徒が見つけてくれた渓谷へ何度も何度も入り探し続けた。しかし,いくら探しても見つけ出す事は出来なかった。その理由が判ってきた。シカと度重なる台風,豪雨の仕業である。緑の草木が多かった山肌から,緑が消え,両側の山肌は傾斜の急な滑り台の様に荒れ,崩れ落ちる瓦礫が渓谷に雪崩れ込み,環境が大きく様変わりしたために違いない。

シカの害と度々の豪雨で荒れた山肌。サンショウウオが生息していた渓谷は様変わり。

コガタブチサンショウウオの生態を調べたくても,生息場所が特定出来なければ疑問は解けない。剣山山系の何処かの渓谷にいるはずだと思い,何年間か,コガタブチサンショウウオ探しを繰り返した。いつの間にか年を重ね,単独では危険,心配と家族の同意が得られなくなった頃,本当に有り難い事に,50数年前の吾橋中学校の教え子である徳善政明氏に巡り会い,また,孫達のあたたかい協力で,二人三脚で楽しい活動を続けている。

3 35年振りの出会い

コガタブチサンショウウオの成体を見つけたのは,平成26年7月18日である。かねがねコガタブチサンショウウオがいるかも知れないと感じていた渓谷の山肌で,徳善政明氏が,朽ちた倒木を動かした時,木部の中に潜む黄色い色をした小さな動物を見つけた。これこそ,探し続けているコガタブチサンショウウオ。35年振りの対面である。なんとも云いようのない嬉しさがこみ上げて来た。いろんな渓谷をみんなに助けられながら探し続けて来た執念が実った。 鮮やかな黄色が印象的な, まだら模様の美しいサンショウウオ。更に驚いた事に後肢の指数は5本であるのに,小指が退化消失し4本しかない。美しい模様といい,4本指といい,本当に貴重な動物であると思ったし,サンショウウオが生息している徳島の豊かな自然環境を,みんなで護らなければと思った。

山肌で見つけたコガタブチサンショウウオ。

4 「卵のう」を見つける

嬉しいことは重なるもの,27年の6月4日,コガタブチサンショウウオの卵を見つける事に成功した。快挙である。これも,教え子の徳善氏が見つけてくれた。卵こそ,生態を知る上で欠かせない大切な生体。 「徳善さん,何かもっている」と度々の大発見に感謝の気持ちで一杯。卵を見つけた渓谷は東祖谷の標高1300m位の落葉広葉樹の原生林。

生息数が極めて少ないサンショウウオの生態を調べるのは,本当に難しい。しかし,それだけに楽しみ,幸せも大きい。どんな環境,どんな条件の所に生息しているか,大体は 判っていても,時期や天候や時刻も絡み,発見は難しい。みんなのあたたかい親身の協力があるからこそ夢が実現する事を痛感している。卵の発見で,これからが楽しみである。

岩塊下側の流のある瓦礫に産み付けていた。

コガタブチサンショウウオの「卵のう」 。

6月4日の胚。