幼生の形態と成長グラフ
はじめに
四国徳島に生息する4種類のサンショウウオは,それぞれが固有の体色をしているので,見るなり種類が判る。イシヅチサンショウウオは藍色を帯びた黒色,シコクハコネサンショウウオは朱色,コガタブチサンショウウオは虎模様,平地に生息しているカスミサンショウウオは黄土色と,それぞれが見事な固有の体色をしているからである。
この事が切っ掛けとなり,サンショウウオの幼生では,どんな点に違いがあるのだろうかと知りたくなり,孵化した時の幼生の形態調査や,変態,成体と生長していく様子の生長グラフを作り,種類による特色を調べてみた。その,過程と結果を報告したい。
1 幼生の形態
4種類の孵化直後のそれぞれの姿を写真に撮り,それをもとに,各部位を測定したり,感じた点を取り上げた。
1)イシヅチサンショウウオ
図1 孵化した時のイシヅチサンショウウオ
ア)測定の結果
- 全長は30mm。
- 全長に対する尾部の割合は約40%。
- エラの長さは約6~7mm。
- 全長に対する「背ヒレと尾ヒレ」の割合は61%。
- ヒレ幅は約3.5mm。
- 腹には長さ約10mmの卵黄を抱えている。
図2 孵化したばかりのイシヅチサンショウウオの幼生。赤いエラを広げる。
イ)感じた点
- 頭部が大きく,身体がしっかりしている。
- 大きなピンク色のエラを一杯に広げている。
2)シコクハコネサンショウウオ
図3 孵化した時のシコクハコネサンショウウオ。
ア)測定の結果
- 孵化した時の全長は約33mm。
- 尾部の割合は全長の約46%。
- エラの長さは,約3mmと小さい。
- 背ビレが無い。
- 尾ヒレの割合は全長の約47%。ヒレの幅は5.5mmと広い。
- 腹には長さ約12mmで丸みのある大きな卵黄を抱えている。
図4 孵化したばかりのシコクハコネサンショウウオ。大きい腹卵黄と前肢の基ができているのに驚く。
イ)感じた点
- 大きな腹卵黄を抱えている。
- 背ビレが無く,尾ビレの広さが特に目を引く。
- 目が大きく,身体全体が細長くすんなりしている。
3)コガタブチサンショウウオ
図5 孵化したばかりのコガタブチサンショウウオ。
ア)測定の結果
- 全長約24mm。
- 尾部は全長の約45%。
- 背ビレと尾ビレは全長の75%と大きい。
- 腹には大きな卵黄を抱えている。
図6 孵化直後のコガタブチサンショウウオのヒレとエラと白い鼻筋。
イ)感じた点
- 全身がヒレに囲まれている感じ。背ビレが,エラのすぐ後ろから出ており,尾ビレと共に大きなヒレを持っているのが驚き。流の中で生活する様子が想像される。
- エラは小さく,白い鼻筋が通っているのも印象に残る。
4)カスミサンショウウオ
図7 孵化直後のカスミサンショウウオ。
ア)測定の結果
- 全長は15mm。
- 全長が小さい割にエラは3mmと大きい。
- 尾部は全長の約40%。
- 背ビレと尾ビレは,全長の約58%。
- 腹卵黄は大変小さい。
イ)感じた点
- 「卵のう」内に約50個もの卵があるので,卵も小さく,孵化した時の身体の小さいのと腹卵黄の小さいのに驚く。その中で口と頭と目とエラが大きいのが心に残る。
5)幼生の特徴のまとめ
図1~図7の形態を模式図で纏めた。
図8 4種類の幼生の形態模式図
6)幼生の形態でわかった事
ア)幼生の種類を知るためには,ヒレの形を見ればよい事がわかった。
イ)また,エラの大きさや形,腹卵黄の大きさ,身体の大きさや体形,目の大きさに違いがあるが,種類確定に活かすにはやや難しい。
2 生長グラフ
次に,イシヅチサンショウウオ,シコクハコネサンショウウオ,カスミサンショウウオの3種類について,孵化~成体の生長グラフを作り,特徴,違いを調べた。
1)全長の測定値について
全長の測定値は,原則として複数匹の平均値を当てた。シコクハコネサンショウウオについては,数カ所の現地砂礫層内で見つけた個体を,図9の様にして測定,頻度の多い値を全長値とした。イシヅチサンショウウオとカスミサンショウウオの2種類については,それぞれ飼育している個体の複数匹を定期的に撮影し,全長を測定した。
図9 シコクハコネサンショウウオの全長測定値を得た方法の一例。
2)測定値(表には一部を記した)
表1 3種類の全長測定の結果(スペースの都合で,一部を記入)
3)3種類の生長グラフ
表1等々の測定値をグラフにした。
図10 3種類の生長グラフ。カスミサンショウウオ以外の6年目以降は推測。
4 )生長グラフでわかった事
ア)生長グラフが描く線は傾向は似ているが種類によって,それぞれ,少し異なる。
イ)3種類とも,変態するまでは,伸長率が大きい。小さく産まれ,腹卵黄を栄養とする前後肢が完成するまでの間の伸長は,3種類とも早い。
ウ)カスミサンショウウオは,小さい身体で産まれ,腹卵黄が小さいのに,変態まではイシヅチサンショウウオと似た生長であるのが不思議である。
エ)シコクハコネサンショウウオは,変態までの伸長は早いが,他の種類よりやや緩やかで,直線的に伸長する。
オ)生長グラフから判るサンショウウオの発達段階。
- 3種類とも,4~6年すると全長が10cm以上になり,身体が太くなり,固有の体色がはっきり現れ始める。人の年代でいうと15才頃だろう。
- 今までに,自然で見かけてきた大きい成体ではカスミサンショウウオ約12cm,イシヅチサンショウウオ約20cm,シコクハコネサンショウウオ約18cm,コガタブチサンショウウオは約12cmであった。孵化して約10年すると,身体は少し細いが各種とも,その大きさになる事が予想出来る。孵化して10年した頃が,人の青年期に当たると推測出来る。
おわりに
10数年前,深山渓谷で,イシヅチサンショウウオの幼生にしては,身体の格好が少し違う幼生を見つけ,若しかして,コガタブチサンショウウオの幼生ではと興奮したが,決め手が無く残念に思った事があった。
今回,サンショウウオの幼生は,種類によって,どの様な違いがあるのだろううか,それぞれの特徴がわかればと,形態,生長を調べてきた。その結果,幼生のヒレを見ればよい事がわかった。剣山山系の,標高1500m位の落葉広葉樹原生林の中を流れる渓谷にいる幼生は,殆どがイシヅチサンショウウオの幼生である。しかし,渓谷には3種類のサンショウウオがいる事もあるので,背ビレが胴部の中央辺りから出ていればイシヅチサンショウウオ,背ビレが無く,尾ビレだけであればシコクハコネサンショウウオ,背ビレが,エラの近くから出ていればコガタブチサンショウウオと確定できる事が明らかになった。
また,後半の生長グラフでは,種類によって,それぞれ固有の曲線を描くこともわかったし,生長グラフから,サンショウウオ共通の生態もわかってきた。その1つは,サンショウウオは小さく産まれ,腹卵黄を栄養としている間での伸長率は大きく,短期間で早く身体を充実させる事,そして2つには,孵化して約4年~6年すると身体は10cm以上になり,体形が充実し個有の体色が現れはじめ,約10年すると,全長は最大になり,伸長が止まる事も推定できた。サンショウウオは孵化して約10年した頃が青年期に当たるのだと考える。私の水槽にいるカスミサンショウウオは間もなく30才,現在も元気であるが,グラフを描いた事でサンショウウオの一生が,何となく判ってきた様な気がする。
四国徳島のサンショウウオの生態に挑戦出来るのも,毎回,原生林渓谷調査を心から支援,協力してくれている「山の達人」のお陰であり,深く感謝し,おわりといたします。
2017年 7月 記