イシヅチサンショウウオの発生
はじめに
5月23日,剣山系の渓谷で,徳善氏が産卵直後と思われるイシヅチサンショウウオの卵を見つけてくれた。その卵を家庭で飼育し,どのように変化していくのか,産卵して何日すると体の何がつくられていくのか等,胚の発生の様子を観察する事にした。持ち帰った「卵のう」は10度に設定した大形の穀物保存用の冷蔵庫内に,ポリバケツに5リットル位の水道水を入れエアーポンプで空気を吹き込む様にし,その中での生長を観てきた。発生の様子は大体2日間隔で卵を撮影,同時に肉眼で観察。そして,写真の姿をスケッチし特徴・変化をメモしてきた。この観察の結果を報告したい。
1 観察を始めた時の卵の状態
写真1は,渓谷で23日正午頃発見した卵を約24時間経った5月24日に,始めて写した観察開始1日目の卵の様子である。産卵は,22日の夜か,23日の夜と推定。本報告は,この卵が孵化するまでの間,2日間隔で生長を観察してきた記録である。
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写真1 観察始めは5月24日,この日が1日目である。産卵推定日は22日~23日。写真は1日目の卵で,卵割が進み,卵の表面には原口という輪ができ,輪の周囲が少し隆起し表面の細胞が卵の中へ巻き込んでいる様。
2 同じ「卵のう」内の卵でも,受精には早い遅いの違いが。
この観察で,先ず最初に驚いた事は,1本の「卵のう」内には15個位の卵が配列しているが,同じ「卵のう」内の卵でも,発生の進度には若干の早い遅いの違いがある事を知った事である(図1)。受精は卵の核と精子の核との融合であるが,15個全ての卵が同時に受精する事は難しい様で,若干の早い遅いの違いがある事を教えてくれた。
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イ 原口
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ロ 神経胚
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ハ 神経胚
図1 上図は5月24日に見た,同じ「卵のう」内の卵の様子である。イは卵の表面を覆う細胞が中へ折れ込んいる。ロの卵は折れ込んだ溝の左右が盛り上がっている。ハでは更に盛り上がり体の基の様な形が出来かけている。この様に同じ「卵のう」内の卵でも発生進度に早い遅いがある事を知る。
3 発生の様子を大体2日間隔で観察,その形態スケッチ。
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図2 発生の様子を大体2日間隔で観察しカメラに撮り,それをスケッチした。本報告で取り上げている卵の生長の様子のスケッチは,下段2列の卵で,同じ「卵のう」内の2つの卵を追跡した。左端が最初で5月24日,観察はじめ第1日目である。27日が4日目,29日が6日目の胚で右へ右へと進んでいる。
観察は5月24日の1回目から,孵化した7月20日の58日目までの間。その間,24段階をスケッチした。
4 発生の様子・形態形成について。
1)10日目には,体の基とわかる形が出来る。
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1日目 のう胚期
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6日目 神経胚期
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7日目 神経胚期
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9日目 神経管期
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11日目 尾芽胚期
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12日目 尾芽胚期
1日目は卵の表面に輪があるだけの形。6日目には,大きく変化し表面に溝や隆起が出来る。そして隆起した部分が,少しずつ変化し体の基が出来てくる。11日目には隆起や溝が癒着し,卵の表面に巻き付いた幼生の体の基とわかる形に生長,先端は膨らみ頭の基とわかる様になる。1日目から12日目の間は,体の基ができる大きな変化の期間である。
2)13日目に頭の基。17日目に目の基ができ頭と尾が卵から離れる
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13日目 尾芽胚期
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14日目 尾芽胚期
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17日目 外鰓期か?
13日目から,はっきりと幼生の体とわかる形になり,頭,尾の区別ができる。その後,特に頭部と首部周辺の変化が盛んで,複雑にこぶ状の小さな隆起が出来てくる。17日目には目やエラの基がわかる様になる。
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写真2・3 17日目の胚 目の基が膨れる。尾の先が卵黄より少し伸び出る。
3)22日目には腹卵黄が長くなり,赤い血が流れている血管がわかる。
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22日目 血管がわかる
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24日目 エラ3本
22日目には赤い血と心臓の搏動がわかり生命を実感。24日目には首に出来ていたコブがエラの基であった事,そのエラが3本である事がわかる様になり,血液に酸素を補給する準備がスタート。
4)28日目には卵膜内で体をよく動かす。尾ヒレも出来ている。
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27日目 25本位の体節が
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28日目 腹卵黄細長くなる
28日経つと,体が大きくなり,尾ヒレと背ビレが出来,卵膜の中でよく動くようになる。尾部が伸びてくる。生き物である事を実感する。
5)34日目には3本のエラと前肢の基がわかり,腹卵黄が長くなる。
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34日目 前肢期
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36日目 幼生の形に近づく
34日目には前肢の基がイボ状に出ている。体色幼生に似てくる。36日目にはエラが糸状に伸び広がっている。目が黒くなりかける。
6)38日目に,完全に黒目になり輝いている。
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38日目で目が黒くなる
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40日目 心臓の動きがよくわかる
38日目に,やっと目が黒くなる。エラは糸状で長く伸び,体も伸び卵膜内で盛んに動く様になる。特に尾と尾ビレが伸長し力強さを感じる。こうなると立派な動物である事を実感。
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写真4 50日目。生長した体を卵膜の中で窮屈そうに動かす。血液が流れ,目が生き生き,幼生と同じ姿に生長。長く伸びたエラは機能している様。
7)44日目に後肢の基が出来ている。
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44日目 後肢期。後肢の基が。
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54日目 卵膜を破る直前
44日目になると幼生らしい姿となり,いつ孵化しても大丈夫な体に生長してくる。卵膜の中で大きく生長した体が窮屈そうである。特に尾部が充実,背ビレ尾ビレが発達している。
8)58日目前後に孵化,「卵のう」膜から泳ぎ出る。
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55日目 卵膜の中で窮屈そう。
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58日目 「卵のう」より泳ぎでる。
全長33~35mm
観察を始めた5月24日から55日目前後に孵化が始まった。今までの観察ではイシヅチサンショウウオの渓谷での産卵から孵化までの期間は約40日~50日と考えていたが,ここでは約60日である。10度という低温環境が発生速度を遅くしたのだろう。
「卵のう」内の15個の孵化の様子は,受精に早い遅いの差があった事で孵化にも早い遅いの差が出来た。一番早く卵膜を破ったのは54日目,7月16日で1匹だけ,この1匹が1番に「卵のう」から外へ泳ぎ出ていた。それから,数日の間に次々と卵膜を破り孵化し「卵のう」膜外へ泳ぎ出た。サンショウウオは,アユやヤマメの様に卵を個々で産卵するのではなく,15個位の卵を1本の「卵のう」という袋に纏め,流れの中の岩塊に固定させ,「卵のう」内で孵化まで安全に育てるという方法である。「卵のう」産卵では,卵によって受精に早い遅いがあることに驚いたが,この受精の早い遅いが孵化の時期に影響,約15個の卵は一斉に孵化する事なく,1匹,1匹と段階的に孵化してくる。時間差孵化は,「卵のう」から順序よく泳ぎ出すためや身の安全を護る生態であると思う。
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写真5 58日目に孵化。全長33mm~35mm。
直径5mmの球状の卵が決まった順序で決まった形に変化し,やがて命のある動物である事を感じる様になり約60日で全長約30mmの水中を泳ぎ回る複雑な器官や機能を持つサンショウウオの幼生が誕生した。
5 同じ「卵のう」内の卵の発生段階をスケッチする。
スケッチ期間5月24日~7月16日。
図3のスケッチは,5月24日の1日目の観察から,孵化が近づいた7月16日,54日目の観察までの,発生の様子を模写したものである。
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図3 同じ「卵のう」内の卵の生長スケッチ。このスケッチでは,観察の1日目は5月24日で,最終観察日は7月16日の54日目である。図の下側の日数は観察した日。
サンショウウオは孵化すれば,渓谷の流れで生活するので,孵化するまでには,厳しい自然に適応出来る体をつくっておかなければならない。特に流線型の体づくりや身を守る保護色,孵化後の栄養である腹卵黄をどのような形で身につけるか,渓流での生活の推進力となる尾部の伸長とヒレの充実,清流から酸素を吸収する主役のエラの充実等々,これらは体づくりで特に大事である。
6 発生段階での主な形態形成と時期
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図4 主な形態形成と時期。
図3のスケッチと同じで,幼生誕生までの生長について,いつ頃,どんな形態が形成されていくか,主なものについて図表化した。
おわりに
産卵した2本の「卵のう」の1本には15個位の卵が詰まっている。卵は直径5mmと小さい球形の簡単な形。その卵の1つ1つが,みんな同じように,形が少しづつ変化し,全長30mmのサンショウウオに生長する。その生長の様子は,28日経つと,ピクピクと動くようになり,38日目には黒目を輝かせ,赤い血が流れ,命を持つ立派な1匹のサンショウウオに生長してくる。単なる小さい球形の卵が,みんな同じように規則正しく変化し,それが,命ある1匹のサンショウウオに生長する様子は,正に感動であり,命の力に,大きな不思議や驚きを覚える。
飼育水温10度前後の環境の中で,卵から孵化までの約60日間観察を続け,発生の道筋,産卵から何日するとどんな形になるか等々の概略を知る事が出来た(図3,図4)。生長を連続して観察していると,小さな卵から生きて動くサンショウウオの幼生をつくり出す動物の生命力の神秘や命の大切さを教えられた。
28年盛夏 記